本当の愛を知るまでは

「いやー、それにしてもかっこいい社長さんだったな」

ウィーンとかすかな音と共に1階へと下りて行くエレベーターの中で、部長が思い出したようにしみじみと言う。

「あんなに若くして会社を立ち上げてここまで大きくするって、凡人には無理だもんな。カリスマ性というか、なんか人を惹きつけるオーラのある人だったよな。……って、森川さんはお菓子に夢中で話は聞いてなかったか」
「滅相もない。謹んで拝聴しておりました」
「ははは! 感激してうっとりしながらお菓子食べてたの、私も見てたよ。ほっぺた落っこちなかったかい?」
「はい、かろうじて。ですがお土産までいただいてしまって、大丈夫でしょうか? 結局受け取ってしまってすみません」
「うん、いいんじゃない? 上条社長、ほんとに君に受け取ってほしそうだったよ。おもてなし上手な人だな。秘書の方との連携プレーも見事だし。いやー、いい時間だったよ。話をするだけでパワーをもらえた」

花純も思わず頷いて同意した。

(まさにそんな人だったな。まるで別世界にいるみたいな、一流の人。朝は親切だったし、さっきは凛としてオーラがあって)

それに、と花純は手にした紙袋を握り直す。

(こんな気遣いもしてくれて。楽しみだな、うちに帰ったら今度こそ写真撮ろう)

その時、ポンと音がしてエレベーターの扉が開く。
二人で中層階エレベーターに乗り換えた。

「さてと。今日は荷解きで仕事もぼちぼちって感じだな。森川さん、挨拶回りにつき合ってくれてありがとう。仕事が溜まってないのは君くらいだからね」
「いえ、そんな。お役に立てたのなら良かったです。部長、パソコンのセットアップは大丈夫そうですか? 何かお手伝いすることありますか?」
「大丈夫だよ。ほんとに森川さんは優しいね。杉崎さんなんかこの間の飲み会で、私のこと『昭和のオヤジのデフォルト』とか言うんだよ?」
「ええ!? なんてことを。すみません、言い聞かせておきます」
「ははは! 構わないよ。杉崎さんと原くんはムードメーカーだからね、オフィスの雰囲気を明るくしてくれる。そこに森川さんがきっちり仕事を締めてくれて、バランスの取れたトリオだなと思ってるんだ。これからもよろしく頼むよ」
「はい、ありがとうございます」

39階でエレベーターを降り、オフィスに戻る。
その日は引っ越しの片づけに追われ、皆で定時に退社した。