本当の愛を知るまでは

花火が終わると、臼井がやって来てディナーの準備をする。
花純の浴衣姿を臼井に見られるのは本意ではないが、致し方なかった。

「わあ、今夜は和食なんですね」
「はい、花火と浴衣に合うように。森川さんの浴衣姿、とってもお美しいですね」
「そんな、ありがとうございます」

花純に微笑みかける臼井に、光星は咳払いする。
臼井はちらりと光星を横目で見ると、フフンと言わんばかりに顎を上げた。

(臼井のやつー!)

睨みを利かせるが、臼井は涼しい顔で花純に料理の説明をする。

「五目ご飯と天ぷら、それからこちらは土瓶蒸しです。まずはお猪口で出汁を味わってみてください」

花純は、臼井がお猪口に注いだ出汁を口にする。

「風味があって、とても美味しいです」
「良かった。では、具材もどうぞ召し上がってください」
「はい」

土瓶の中をわくわくと覗き込んだ花純は、途端にしゅるしゅると笑顔をしぼませた。

「花純? どうかした?」

光星が声をかけると、花純は眉をハの字に下げて困ったように言う。

「シイタケが、入ってるの……」

上目遣いで見つめられ、光星は頬を緩ませる。

(……可愛い)

ニヤけそうになる表情を引きしめ、平静を装った。

「ひと口でいいから、食べてごらん?」
「はい……」

花純は素直に頷くと箸を持ち、シイタケをひと欠片口に運んだ。
もぐもぐと食べてから、パッと顔を輝かせる。

「美味しいです!」
「ほらね。美味しいシイタケ、あったでしょ?」
「はい。お出汁の味がしみてて、歯ごたえも良くて。私、臼井さんがお料理してくれたシイタケなら食べられます」

すると臼井は、勝ち誇ったように光星に視線を送ってから花純の前に小皿を置いた。

「森川さん、デザートは和菓子にしてみました」
「えっ、なんて芸術的なの。これは花火の練り切りですか?」
「ええ、そうです。花びらのように赤やオレンジ、黄色に水色とグラデーションで色を変え、鮮やかな大輪の花火をイメージしました。中央に金箔をあしらっています」
「素敵……。私、とてもじゃないけど食べられません」

ははは!と臼井は楽しそうに笑う。

「森川さん、美しい花火も儚く消えるでしょう? 儚いから美しい。ですからどうぞ、この花火も召し上がってください」
「素敵な言葉。臼井さんも雅な方ですね。儚いから美しい……。分かりました、いただきます。でもその前に写真を撮って、アイコンをこれに変えてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」

花純はスマートフォンで写真を撮ると、設定し直したアイコンを臼井に見せる。

「どうですか?」
「うん、よく撮れてる」
「ふふっ、ありがとうございます」

光星は複雑な気持ちで二人の様子を見ていた。

(臼井と話している時の彼女は、自然な笑顔で楽しそうだ。俺といる時は? 楽しいと思ってくれているのだろうか)

本当は毎日デートしたい。
だが、自分の中で恋愛は大して大きな割合を占めていないと言っていた花純に、鬱陶しいと思われたくなかった。
毎日、おはようやおやすみのメッセージのやり取りだけで我慢していた。

焦らず少しずつ距離を縮めていきたい。
だが一方で、早く自分に落ちてほしいと焦っていた。
臼井はともかく、滝沢の存在が頭の中で警告音を鳴らしている。

(油断ならない。いつ彼女に告白してもおかしくない。俺とはまったく違うタイプで、若くてかっこいい)

花純は今、どう思っているのだろう。
滝沢、臼井、そして自分のことを。

(3人の中で、俺が一番好かれていると言えるのか?)

先ほど、気持ちを抑え切れずにキスをした。
受け入れてくれた花純は、その時は好意を持ってくれていたかもしれない。
だがひと度こうして臼井と話せば、途端に嬉しそうにする。
滝沢とだってそうだ。

(まだまだだ。俺は花純と本当の恋愛は出来ていない)

滝沢に、花純は俺のものだと言ってしまいたいが、花純は嫌がるだろう。
それにまだそこまで胸を張って言える自信はない。
けれど諦めるつもりも毛頭なかった。

(花純を決して離さない)

臼井と笑顔で話している花純に、光星は想いを強くしていた。