本当の愛を知るまでは

「お疲れ様、乗って」
「お疲れ様です。はい、失礼します」

仕事が終わると、花純は人目につかないように気をつけながら駐車場までやって来た。
運転席にいた光星が降りてきて、助手席のドアを開ける。

「あの、今日はどこへ行くんですか?」
「ん? 内緒。ドア閉めるよ?」
「はい」

運転席に回ると、光星は楽しそうに車を走らせる。
15分ほど走ったところで「着いたよ」と車を停めた。

(ここって、老舗の呉服屋さん?)

風情のある木造の建物を見上げて、花純はキョトンとする。
光星は花純の背中に手を添えて中に促した。

「上条様、お待ちしておりました」
「こんばんは。よろしくお願いします」
「いつもご贔屓にありがとうございます。こちらのお嬢様ですね? お任せくださいませ。さあ、どうぞ」

え?と戸惑う花純を、光星は「行ってらっしゃい」と見送る。
上品な着物姿の女性に案内され、花純は広い和室に通された。
色とりどりの浴衣が、ズラリと並んでいる。

「お嬢様、お気に召したものはございますか?」
「あの、この浴衣を私が選ぶのですか?」
「ええ。上条様からお嬢様のお支度を仰せつかりました。こちらの艶やかな朱色の浴衣はいかがでしょう?」
「いえ、あの。ちょっと何がなんだか……。それにこの色は若い方向けかと」

状況が呑み込めず、花純は気もそぞろだった。

「そのようなことはございませんが。でしたらこちらの水色はいかがでしょう?」
「えっと、そうですね。はい」
「かしこまりました。早速着つけてまいります」
「は、はい? ここで浴衣に着替えるのですか?」
「ええ、そうですわ。さあ、お時間も迫っておりますので」

何の時間かと思いつつ、されるがままに浴衣を着つけてもらう。
髪も綺麗に結い上げ、飾りもつけてくれた。

「まあ! お美しい。上条様もきっと喜ばれるかと。戻りましょうか」
「はい」

どうにでもなれと、流れに身を任せて光星のもとへと行く。
お茶を飲みながら男性のスタッフと談笑していた光星は、花純に気づくと驚いたように目を見開いた。

「花純……、綺麗だ」
「えっと、あの……。これは一体?」
「おっと、時間がないな。もう行かないと」
「はい?」

花純はわけが分からず首をひねる。
スタッフは、花純が着て来た洋服が入った紙袋を光星に差し出し、「素敵な夜を」と見送る。
花純もお礼を言ってから、光星と肩を並べて車に戻った。