本当の愛を知るまでは

「お疲れ、滝沢くん。オーダーいい?」
「上条さん! どっから現れました?」
「いいから、オーダー」

グイグイとレジまで滝沢を引っ張って行き、光星は強引にオーダーする。

「ベーコンチーズパニーニを、エキストラトマトとオリーブ入れて特製ハニーマスタードソースで。ブラックペッパー多めでソルト抜き。滝沢くんが作ってね」
「なんでっすか!?」
「いいから」

言い合う二人の様子を、花純はさり気なく見守る。
ディナーの日から1週間が経ち、光星とはメッセージのやり取りはあるものの、こうして姿を見るのはあの日以来だ。
次に会う約束もないままで、花純は何となく寂しさを覚えていた。

(上条社長の考える恋人って、こんな感じのおつき合いなのかな?……って、いやいや、私は何を期待しているの)

心の中でひとりごちていると、千鶴が声を潜めて聞いてきた。

「ね、花純。あの人誰なんだろうね?」
「あれ? 千鶴ちゃん、知らなかったっけ?」
「知らない。花純は知ってるの?」
「うん。部長と一緒に引っ越しの挨拶回りしたから」
「ああ、なるほど。で、どこの企業の人?」
「クロスリンクワールドの社長さんだよ」
「へえー……って、ええー!?」

千鶴は声を上げて仰け反る。

「嘘でしょ? クロスリンクワールドの社長って、あんなに若くてイケメンなの?」
「ホームページに写真も載せてないし、雑誌のインタビューでも撮影NGにしてるって言ってた。だから顔が知られてないんだと思う」
「そりゃ、知られたら世の女性たちが殺到しちゃうもんね。でも本当に? だって私、今までエレベーターで一緒になったこともないよ? 見かけたら絶対忘れないほどイケメンなのに」
「ああ、それはね。クロスリンクワールドがあるオフィスへは、専用の高層階エレベーターで直通だから」
「ふうん、だからか。あー、私も一緒に挨拶回り行けば良かった」

光星に見とれたままの千鶴に、花純は「ラザニア冷めちゃうよ」とさり気なく気をそらせようとする。
その時、テーブルに置いていたスマートフォンにメッセージが届いた。
何気なく目をやった花純は、光星からのメッセージだと分かり、慌ててガシッと掴む。

『お友だちにご挨拶してもいい?』

花純は必死の形相でメッセージを打った。

『だだだだめです!!』

ちらりと視線を上げると、目が合った途端、光星はふっと頬を緩める。

『それなら代わりに、今夜デートしてくれる?』

うぐっ……と言葉に詰まりながら『はい』と返事を送る。

『良かった。定時過ぎたら駐車場に来て。車で待ってる』
『分かりました』

滝沢がパニーニを紙袋に入れて光星に手渡し、受け取った光星は「ありがと」と手を挙げて颯爽とカフェを出て行った。