本当の愛を知るまでは

「お疲れ様。ちょっとソファに座って待っててくれる? すぐ終わらせるから」
「はい」

定時になると、花純は52階の光星のオフィスにやって来た。
言われた通りソファに座り、デスクでパソコンに向かっている光星をじっと見つめながら待つ。

「そんなに見られると、やりづらいな」

苦笑いする光星に、すみません!と慌てて目を伏せた。

「いや、意識してくれてて嬉しい」
「いえ、あの。そういうわけでは……」
「どういうわけでも嬉しいよ。さて、じゃあ行こうか」

パソコンを閉じて立ち上がると、光星はハンガーラックからジャケットを取って腕を通す。
その様子を、花純はちらりと上目遣いに見た。

(なんか、かっこいい。男の人って、ジャケット着る時かっこ良くなるよね)

するもまたしても光星がクスッと笑う。

「どうかした? なんかじっと見られてる気がするけど」
「えっと、どうやったらそんなふうにかっこ良くジャケットを着られるのかなと思って。ぐるっと背中に回しながらシュッて袖に手を入れるの、難しくないですか?」
「あー、これはね。独身生活が長いと上手くなるんだよ。結婚したら奥さんが着せてくれるって、年配の人が言ってた」
「えっ! 結婚したら、そんな条件があるんですか?」

うっ、と光星は顔をしかめる。

「そういうわけじゃないよ。それに俺は、ほら。一人で立派に着られるからさ。奥さんには着せてもらわない。そんなことより、行くよ」
「はい」

二人でオフィスをあとにし、エレベーターに乗ると、花純は光星にレセプションで借りていたビジターカードを差し出した。

「こちらをお返しします」
「ああ、そうか。んー、でもこのまま君に持っててもらおうかな」
「いえ、私は部外者ですので」
「じゃあ、レセプションスタッフに伝えておく。森川さんは俺の彼女だから、いつでもカードを貸し出すようにって」

えっ!と花純は絶句する。

「そ、そのようなことは……」

ふるふると必死で首を振って訴えると、ははっ!と光星はおかしそうに笑った。

「可愛い」
「え?」
「もう一回言おうか?」
「いえ、結構です……」
「聞こえてたんだ」

ククッと笑いを噛み殺す光星に、花純はドギマギしてうつむく。
エレベーターが1階に着くと、どうぞ、と促された。
ロビーには、まばらに人が行き交っていて、職場の人に見つからないかと花純はヒヤヒヤする。
以前と同じ駐車場へ行くと、光星が開けたドアから車に乗り込んだ。