本当の愛を知るまでは

食後のコーヒーはソファに場所を移して飲むことにし、立ち上がった花純を、光星は窓際に促した。

「少しここに立ってて」
「え? はい」

何だろう?とばかりに首をかしげている花純をその場に残し、光星はデスクに行くとリモコンのスイッチを押した。
かすかな音と共に、壁一面のガラス窓を覆っていたブラインドが巻き上げられていく。

「えっ! すごい……」

花純は足元に広がった東京の夜景に、驚いて立ち尽くした。
完全にブラインドが上がり切ると、光星は花純の隣に並ぶ。

「七夕の夜空。晴れたね」
「ええ、とっても綺麗。星がキラキラ輝いてます。光る星、ですね」

うっとりと呟いた花純は、思い出したように光星を見上げた。

「上条社長のお名前って、由来は? 星が綺麗な夜に生まれたとかですか?」
「ん? ああ。実は、七夕生まれなんだ」
「ええ!? 今日がお誕生日ってことですか?」
「まあ、そうなるね」
「そんな、もっと早く教えてください。プレゼントも何も用意してなくて……」
「いや、一緒に食事をしてくれた。素敵な時間をありがとう」
「いえ、私の方がおもてなしされてしまって。すみません」

小さくなってうつむいたあと、花純は顔を上げて微笑む。

「お誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう。この歳で誰かにそんなふうに祝ってもらえるとは。嬉しいもんだな」
「いくつになってもお誕生日はおめでたい日ですから」
「君は? いつなの、誕生日」

すると花純は、ちょっと照れたように視線を落とした。

「私も名前が少し誕生日に由来していて……」
「そうなんだ。花純……、え、いつだろう」

光星は真剣に考え込む。

「花……、もしかして、桜の季節?」
「はい。3月27日の桜の日です」
「そうだったのか。おめでとう。俺たちが知り合う少し前だったんだね」
「そうですね。今年の桜は上条社長と一緒に見られて、嬉しかったです。とっても綺麗な夜桜。忘れられません」
「俺もだよ。いつまでも覚えている」

今だ。今しかない。
光星は1つ息を吸ってから、真剣に花純を見つめた。

「森川さん」
「はい」
「俺は君が好きだ。どうか俺とつき合ってほしい」
「……え?」

花純は何が起こったのかと言いたげに、目を丸くする。

「いつの間にかこんなにも君に心惹かれていた。君を奪ってでも俺のものにしたい」

紳士的な振る舞いも忘れ、脳裏をかすめる滝沢の面影に挑むように、光星は真っ直ぐ花純の瞳を見つめて射貫く。
やがて花純は、迷うように視線をさまよわせた。

「考え込まなくていい。今の君の素直な気持ちを聞かせて」

そう言うと、花純はおずおずと顔を上げた。