本当の愛を知るまでは

「森川さん、おはよう」

翌朝。
いつもの時間にエレベーターホールで花純に声をかける。
何事もなかったように、大人の余裕を漂わせながら。

「上条社長、おはようございます。あの、夕べもごちそうになってしまいまして……。お気遣いいただき、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「いつもすみません。私にも何かお返しをさせてください」
「そんな、気にしないで」

そう言ってから、いや、これはチャンスだと思い直した。

「そうだ、1つお願いしたいことがあるんだけど」

花純はパッと顔を上げる。

「私に出来ることでしたら、なんなりと」
「うん、君の意見を聞かせてほしい。うちが運営しているSNSサイトのリニューアルを考えているんだ。君が以前、桜の写真を投稿してくれたサイトなんだけど。ユーザーとして、若い女性の意見を参考にしたくてね。お願い出来るかな?」
「はい、もちろん」
「良かった。それじゃあ急なんだけど、今日の夜は空いてる? 仕事終わりに52階に来てくれると助かる」
「大丈夫です。18時が定時なので、そのあと伺いますね」
「ありがとう。それじゃあ」

軽く手を挙げてからエレベーターに乗ると、すぐさまスマートフォンを取り出して臼井に電話をかけた。

「もしもし、俺だ。急ぎで悪い。今夜社長室にディナーを二人分用意してくれるか?」

電話口の臼井は、何やら思案している。

『ふうん……。それは本気のやつ? それとも体裁のやつ?』

うっ……と言葉に詰まるが、それによってメニューが変わるのだろう。
花純をもてなす為にも、ここは正直に伝えた方がいい。

「……本気の方だ」
『おお、珍しい。じゃあ張り切らせていただくとしよう』
「頼む」
『ちなみに相手は誰だ? 俺も知ってる人か?』

これも、黙っていてもいずれ分かってしまう。

「シリウストラベルの森川さんだ」
『へえ、なるほど。じゃあまたアイシングクッキー作るとするよ。彼女、いたく感激してくれてたもんなあ』

なにやら引っかかる口ぶりだが、今の立場は自分がお願いする側だ。

「頼むな。彼女、18時の定時後に来てくれることになっている」
『了解。腕によりをかけて作りますよ』
「ああ、よろしく」

通話を終えると気合いを入れてエレベーターを降りた。