本当の愛を知るまでは

花純は一度エレベーターで1階まで下りると、隣のエレベーターに乗り換える。
よく見ると分かりやすく『中層階26階~50階』と表示があった。

(ちゃんと書いてあったのに……。あの時はたまたま到着したエレベーターに急いで乗ってしまったから)

今度は無事に39の階数ボタンを押し、花純はもらったばかりのフロアマップを広げた。

(51階と52階はクロスリンクワールド株式会社か……。聞いたことあるような?)

さっきの男性はそこの社員なのだろうか。
それにしてもこの大きなビルの最上階にあんなに立派なオフィスを構えるなんて、一体どういう人なのだろう……、と考えているうちに39階に到着した。
エレベーターを降りると、花純はキョロキョロしながら廊下を進む。

(ワンフロア全てが、うちの会社のオフィスなのよね? えっと、海外ツーリズム事業部は……)

ドアの横のプレートを確認しながら進み、配属先の部屋を見つけると、セキュリティーをIDカードで解除してから中に入った。

「わあ、綺麗なオフィス」

真新しいデスクが並ぶ広々とした空間を見渡し、思わず呟く。

「確か配置は変わってないのよね? 私は壁際の真ん中の席で合ってるかな」

ひとりごちながらデスクに行くと、「森川」と書いた見覚えのあるダンボール箱が置いてあった。
以前のオフィスでの引越し作業の時に、私物を詰めて引越し業者に託したものだ。

「あった! 良かった」

早速箱を開けて、中から筆記用具やファイルを取り出し、デスクに並べる。
ひと通り片付くと、キャビネットの上に置かれたダンボールも荷解きし、ファイルを順に並べていく。

(すごい量……。オフィスの引っ越しって大変なんだな)

花純が勤めるシリウストラベルは、旅行業界ではトップ3に入ると言われる企業だが、コロナ禍で一気に業績が落ち込んだ。
その為、まだ築年数も浅かったピカピカの自社ビルを売却し、いくつかの部署ごとにオフィスを借りることになった。
花純の所属する海外ツーリズム事業部は、今日4月1日からこのオフィスビルで業務を始める。

(自社ビルは綺麗だったからみんなガッカリしてたけど、このオフィスも働きやすそうよね)

そんなことを考えながら次々とダンボールを開けて整理していると、部長が出社してきた。

「森川さん、おはよう。相変わらず早いね」
「おはようございます、部長。キャビネットの整理はあらかた終わりました。他にやることありますか?」
「ありがとう。じゃあ、みんなのデスクにパソコンを配ってくれる? ここにまとめてあるから」
「かしこまりました」

テープで貼られた名前を確認しつつ、デスクに置いていく。

「今日はセットアップやら荷物整理で仕事にならんだろうな。あ、そうだ。森川さん」
「はい、なんでしょう?」
「急ぎのタスクがなければ、挨拶回りを一緒にお願い出来るかな? このビルの他の企業やテナントに挨拶しに行くんだけど」
「かしこまりました」
「助かるよ。近くのデパートが開店したら、手土産を買って来てくれる? 人手が足りないだろうから、杉崎さんと原くんも一緒に行ってもらうといいよ」
「はい、承知しました。10時になったら行ってまいります」

その時、ガヤガヤと声がして社員が数人部屋に入って来た。