本当の愛を知るまでは

「で? なんで原までここにいるのよ」

バーの4人テーブルで、千鶴が原をジロリと睨む。
定時になると、千鶴は花純と5階のカフェに滝沢を迎えに行ってから50階に上がったのだが、バーの入り口で原が待ち受けていたのだった。

「別にー? 俺もバーで飲んで帰りたくなっただけ」
「嘘ばっかり! どうせ私の邪魔しようって魂胆でしょ」
「そんなことないって。滝沢くん、千鶴に何かされたらすぐ俺に言いなよ?」
「ほらやっぱり!」

二人のやり取りを、滝沢は笑って聞き流している。

「大人だねえ、滝沢くん」

花純は、ギャーギャー言い合う千鶴と原を横目に話しかけた。

「いや、普通っしょ?」
「でもこの二人よりよっぽど落ち着いてるよ。ごめんね、うるさくて」
「いいって。それより、オーダーどうします?」
「んーと、食事もするから取り敢えずビールで」
「料理は? 適当に頼んでいい?」
「うん、お願いします」

滝沢はスタッフに目配せして呼ぶと、ビールと一品料理をスマートにオーダーする。
慣れた様子に花純は感心した。

「滝沢くん、モテるでしょ」
「いや、普通」
「嘘だよ。あ、彼女いるよね? ごめん、誘って大丈夫だった?」
「いないから、平気」

するとそれまで原と言い合っていた千鶴が、ピタリと口を閉ざして振り向いた。

「滝沢くん、今フリーなの?」
「そうっすよ」
「なんで?」
「うーん、なんか面倒で」

ええ!?と原が声を上げる。

「面倒? それって恋愛がってこと? 滝沢くんほど若くて今どきの男の子が、恋愛が面倒だなんて。俺が大学生の頃には考えられん」
「けどなんかの調査で、大学生の3人に1人は、今まで誰ともつき合ったことがないって結果だったらしいっすよ」
「マジか、どうりで少子化進むわけだな。じゃあさ、滝沢くんも結婚願望ないの?」
「今は全然考えられないっすね。21だし」
「そうか、そうだな。俺も21の頃は遊ぶことしか考えてなかった」
「じゃあ今は? 結婚願望あるんですか?」
「結婚願望というか、好きな子が出来たら将来的にはそうなりたいって感じかな」

なるほど、と滝沢が頷いた時、ビールが運ばれてきた。
ひとまず4人で乾杯する。

「でもさ、ここにいる4人とも恋人いないって、なんか寂しいね」

千鶴がそう言うが、頷いたのは原だけだった。
滝沢が花純に尋ねる。

「森川さんも、恋愛面倒なの?」
「うん、そうなの。でも結婚はしようかと思ってる。条件が合う人がいれば」
「ふーん、どんな条件?」
「えっとね、私1人の時間も大切にしてくれて、どこに行くの? 誰と行くの? とか詮索しない人。あと、食事はテレビ観ながらじゃなくてちゃんと残さず食べて、靴下を丸めてその辺に脱ぎっぱなしにしない人」
「ぶっ! なんか熟年夫婦の離婚の理由みたい。経験談なの?」
「そう、元カレのね。もうね、靴下のかたつむりを見る度に恋が冷めていったの。極めつけは『仕事より俺との時間を優先してほしい』ってセリフ」
「あー、それ俺も言われて一気に冷めた。『私を置いてバイトに行く気?』って。そうですが、何か? って感じ」

分かるー!と花純は大きく頷いた。

「恋愛するとしても、割合が違うのよ。私は7対3くらいがいい」

千鶴が「恋愛が7割?」と聞いてくる。

「ううん、恋愛が3」
「少なっ!」
「そう? 充分多いと思うけどな。千鶴ちゃんは?」
「私だったら、つき合い始めは9対1。もちろん恋愛が9ね。で、だんだん少なくなっていって、最終的には6対4かなあ」
「恋愛が6? 多くない?」
「普通だよ。ねえ、原」

うん、と頷く原に「あら、やっと気が合ったわね」と千鶴が真顔になる。

「滝沢くんは? どれくらいの割合?」
「んー、割合じゃなくてスイッチ切り替え型っすね。彼女と会ってない時は、全く思い出さないから」
「ええー!? ほんとに?」
「そうっすよ。会えばちゃんと向き合いますし、好きって言いますけど、大学の講義中とかバイト中はスイッチ替わってますから全く」

信じられないとばかりにおののく千鶴と原を尻目に、花純は「なんか分かるわ」と呟いた。

「私もそうかも。仕事中に彼のことなんて思い出さなかったもん。お昼休みくらいメッセージくれって言われて、なんて? って真剣に聞いちゃった。なんて送るのが正解なの? 千鶴ちゃん」
「そんなの、『早く会いたいなー』とか『ランチはオムライス食べたよ』とか『このあともお仕事がんばってね』とか、なんだってあるでしょ?」

へえー、と花純と滝沢の声が重なる。

「え、原、私おかしい? 普通よね?」
「うん、千鶴が普通。花純と滝沢くんはかなりの少数派だと思う」
「だよね! あー、なんか私、気持ちが冷めちゃった。滝沢くん、私あなたとはつき合えない。ごめんなさい」

は?と、滝沢はキョトンとする。

「まあまあ、なんか丸く収まったな。さ、飲み直そうぜ」

原がご機嫌でグラスを掲げ、4人でもう一度乾杯した。