本当の愛を知るまでは

「上条社長、おはようございます」
「おはよう、森川さん」

3日後の朝。
いつものエレベーターホールで光星の姿を見つけると、花純は声をかけて歩み寄る。

「あの、上条社長。こちらなんですけど……」

そう言って控えめに、手にした封筒から写真を1枚取り出した。

「ん? ああ! これ、君が撮った桜の写真だね」
「はい、そうです」
「へえ、やっぱり綺麗だな」

微笑んでじっと写真に見入る光星に、花純は、よし、渡そう!と決意する。

「あの、大変遅くなったのですが、先月パニーニを差し入れてくださったお礼にと思いまして……」

そう言って、写真をカードに挟んでから封筒にしまい、光星に差し出した。

「えっ、俺に?」
「はい。ご迷惑でなければ……」
「とんでもない、嬉しいよ。ありがとう」

光星は笑顔で受け取ると、カードを取り出して開く。
写真は薄桃色の柔らかい和紙で挟み、カードには『優しいお心遣いを ありがとうございました。 森川 花純』と書いてあった。

「綺麗な字だね。君こそ細やかな心遣いの出来る人だよ」
「いえ、そんな。処分に困るようなものを差し上げるのはどうかと思ったのですが、写真を見て喜んでくださったので、思い切ってお渡ししました」
「処分だなんて、まさか。とても嬉しいよ。ありがとう」
「はい。それでは、これで」

両手を揃えてお辞儀すると、花純は中層階エレベーターに乗る。
手を振って見送る光星は柔らかい笑顔を浮かべていて、花純も微笑み返した。

(ふう、緊張した)

SNSで「今日の1枚」にも選ばれた写真を印刷して渡そうと思い立ったはいいが、果たして迷惑にならないかと悩んだ。
渡す前に見せてみて、反応次第では渡さないでおこうと思っていたが、本当にいい写真だと思ってくれているような光星の表情に渡そうと思えた。

(季節外れだけど、少しでもあの桜を思い出してくれたのなら良かった)

渡した自分もなんだか幸せな気持ちになれたと、花純は笑みを浮かべた。