本当の愛を知るまでは

その日も順調に仕事をこなし、そろそろ定時の18時になろうとする頃、花純のデスクの電話が鳴った。
埼玉の熊谷支店の店長からの電話だった。

「店長、お疲れ様です。何かありましたか?」
「森川さん、ごめん! 実は発注ミスで、イタリア7日間旅行のパンフレットを切らしてしまって……。急いで近隣の店舗から分けてもらったんだけど、これからご来店予約のお客様にお渡しする分が足りなくて」

花純はすぐさま腕時計に目を落とす。

「お客様のご予約は何時ですか?」
「19時半なんだ」
「分かりました、すぐにお届けに上がります」

そう言って電話を切ると、部長に手短に事情を話し、パンフレットを紙袋に詰めて急いでオフィスを出た。

最寄り駅から電車に乗り、アプリで最短ルートを検索する。
なんとか19時半には間に合いそうだった。

ハラハラしながら電車に揺られ、19時20分に店舗に駆け込んだ。

「お疲れ様です! 間に合いましたか?」
「森川さん! ありがとう。お客様はまだです」
「良かった……」

肩で息をしながら、花純は店長にパンフレットを手渡す。

「助かったよ。本当にありがとう。夕べテレビのバラエティー番組で、イタリア旅行の特集があったらしく、一気にお問い合わせが増えてね。まあ、嬉しい悲鳴だけど」
「そうだったんですね。私ももっとそういった情報の流れに気をつけておきます。近隣の店舗も、同じようにパンフレット切らしてるんですか?」
「ああ。急いで発注かけたけど、届くまで持つかどうかって感じらしい」
「分かりました。私、これから少し他店舗も回ってきますね」
「悪いね、ありがとう」

各駅停車の電車に乗り、ひと駅ごとに降りていくつかの店舗を回る。
どこもやはりイタリアのパンフレットだけが足りない状況だった。
全て配り終えて会社に戻る頃には、23時を過ぎていた。