本当の愛を知るまでは

「森川さん、おはようございます」

月曜日になり、いつもと同じ時間に出社すると、またしてもエレベーターホールで光星に会った。

「おはようございます、上条社長。先日は美味しいパニーニの差し入れをありがとうございました」
「ははっ、バレちゃってましたか。なんだか恥ずかしい……、ん? ちょっと失礼」

光星は身をかがめると、そっと花純の髪に触れる。

(え? 何を……)

花純が身を固くしていると、ほら、と手のひらを開いて見せた。

「え、あっ! 桜の花びら?」
「そう。だけど取るんじゃなかったな。せっかく君の髪を綺麗に飾ってたのに」

そう言いながら、手のひらに載せた花びらを惜しむように見つめている。

「上条社長って、風流な方なんですね」
「え?どうして?」
「だって、たった1枚の桜の花びらに、そんなに名残惜しそうにするなんて。風流というか、ロマンチスト?」
「そんなこと初めて言われたな。週末に桜の写真をたくさん見ていたんだ。それで花に心奪われたのかも」

照れ隠しのように微笑む光星に、花純も笑みをこぼす。

「やっぱりロマンチストですよ。花に心奪われた、なんて」
「そうかな? でもあの写真を見たら誰でもそう思うよ。見てみて」

そう言うと光星はスマートフォンを操作して、画面を花純に見せた。

「ほら、これ。うちが運営してるサイトに投稿された写真で、『今日の1枚』にも選ばれたんだ。川と桜のコントラストが見事でしょ」
「えっ!」

花純はまじまじと画面を見つめる。

「これ、私が撮った写真です」
「ええ!?」

光星も驚いて、写真を見返した。

「ハンドルネーム『もか』さん?」
「そうです。名字と名前の頭文字を取って」
「ああ、なるほど。そうか、君だったのか。この写真、ほんとに美しいね。どこで撮ったの?」
「自宅マンションの近くです」
「へえ。そんな身近なところに桜の名所が?」
「ふふっ、はい。密かな私の自慢です。いい所に住んでるなって。この時期限定ですけどね」

それにしても「今日の1枚」にも選ばれたとは、と花純はなんだか嬉しくなった。

「選んでいただいて、ありがとうございます」
「いや、俺じゃなくて別の担当者が選んだんだ。けど、俺もこれは文句なしの1枚だ。投稿してくれてありがとう」
「こちらこそ。あ、それではそろそろ行きますね」
「ああ、引き留めてすまなかった」
「いいえ。お仕事がんばってください」
「ありがとう。君も」

花純は笑顔で光星と別れ、エレベーターに乗り込んだ。