「……じゃあ俺、部屋に戻ります」
「あ、ねぇ……!伊織!」
騒がしい居間を出ていこうとする伊織に、思わず声をかけてしまった。
一瞬だけ驚いたような表情を見せる伊織。
「あ、急に呼び止めちゃってごめんね。何か用事があった?」
「ううん、これから宿題でもしようかなって」
「そっか。えっと、じゃあ……また今度一緒に話さない?」
引き止めるんじゃなかった。
申し訳なく思ってそう言うと、伊織はまっすぐに私を見て言った。
「今、話そうよ」
「え、でも伊織宿題が……」
「美桜ちゃんより優先するものなんて、俺にはないよ」
「でも」
「おいで、中庭にでも移動しよっか。ちょうど夏に向けて剪定されたばかりみたいだし」
にっこりと、いつもの優しい笑顔で笑う伊織。
そっと私の手を引いて、家の中庭まで連れて行ってくれた。
手と手が触れるときに感じる、伊織のぬくもり。
この手に私は、もう何度助けられて、安心感をもらっているんだろう。



