そんな父親の涙を、俺は人生で一度だけ目にしたことがある。
俺が六歳のとき、母さんが死んだ日のことだった。
細すぎる母さんの手。
最期に俺の頭を撫でたその手が、もうぴくりとも動くことはなかった。
『母さん!母さん、起きてよ!』
俺がどれだけ呼びかけても、叫んでも、母さんが目を覚ますことはない。
となりに立っていた親父は、ただ俯きながらもしっかりと母さんの姿を見ていた。
「……少し、母さんと二人にしてくれるか?」
親父のあんなか細い声を、はじめて聞いた。
俺は必死に涙を堪えながら、病室をあとにしようとしたとき。
「……っ」
父の啜り泣く声を、あのとき初めて聞いた。
あれだけ強い父が、涙を流して母さんの死を悲しんでいたんだ。



