稲瀬は手をヒラヒラとさせながら、小さなこの公園をあとにした。
「(私も、帰らなくちゃ……)」
でも、どんなに力を入れてもその場から動くことができなかった。
あれだけ早く会いたいと思っていた伊織や大和達に、今は……会いたくない。
今日は家に帰ったら話したいことがたくさんあった。
ソフトボール大会で優勝したこと、はじめてクラスメイト達に名前を呼ばれたこと、一緒にカフェに行ったこと。
おいしい夜ご飯を食べながら、みんなに自慢したいと思っていたのに。
「……っ」
久々に感じる、心の中に溢れてくる黒くてドロドロしたこの気持ち。
裏切られただとか、悲しいだとか、そんな負の感情ばかりが私の中に容赦なく流れ込んでくる。
「……ただ、いま」
結局、家に着いたのは夜の六時を過ぎたころだった。
「美桜ちゃん、どうして一人で帰ってきたの?」
「──お前、俺達を呼ぶって約束だったよな?」
「そうだそうだ!メッセージの返信もしないでさぁ!僕達がどれだけ心配したと思ってるのさー!」
玄関を開けると、目の前には明らかに怒った様子の伊織達が待ち構えていた。
「(今、会いたくないのに……)」
稲瀬の、あの言葉が何度も蘇る。
『問題なのは、若頭は一人しかなれないってこと』
『じゃあ今三人候補がいるけど、どうやって若頭に決めると思う?』
『──今の組長、大安寺大地の孫である君と結婚した者』
『そう考えるのが普通だよね』



