「あ、音無さん」
校内を歩いていれば、名前をよばれた。
その声の主がだれだかわかった瞬間、わたしの胸の鼓動はドキドキと速くなる。
――わたし、変な顔してないかな。前髪とかみだれてないよね?
会えるって分かってたら、最近買ったばかりの色つきのリップをぬりなおしておいたのになぁ、なんて。
たった数秒の間でそんなことを考えながら、足を止めて振り返る。
「浅羽くん、こんにちは!」
二メートルほどはなれた場所には、教科書を手にした浅羽くんが、いつもと変わりない涼しげな顔をして立っていた。
移動教室だったのかな。浅羽くんって、授業の時はどんな感じなんだろう。真面目にノートとかとるタイプなのかな。それとも、こっそり寝ちゃうタイプ?
こういう時いつも、浅羽くんと同じクラスだったらなぁって考えてしまう。
そうしたら、浅羽くんのことをもっと知ることができるし、いっしょに過ごせる時間だってもっと増えるのになぁって。
――わたしに残された時間は、きっと、そう多くはないだろうから。



