2022年9月19日(月) 午前1時05分/社の中
社の扉が、ギィ……と軋んだ音を立てて開いた。
残暑残るこの時期にそぐわない、ひんやりとした空気が流れ出す。
中は真っ暗で、外の月明かりすら届かない。
私は、息を詰めたまま、裕也と一緒に一歩足を踏み入れた。
——そこは、あの日のままだった。
石の台座が中央にあり、その前には祭壇のようなものがある。
「……変わってないな」
裕也が低く呟いた。
「うん……」
私は社の奥を見つめた。
何も見えない闇。
だけど、この場所には"いる"。
そう確信できるほど、張り詰めた空気が漂っていた。
(……ここで、やらなきゃ……)
私は、深く息を吸い込んだ。
「準備、しよう」
裕也は無言で頷き、カメラをセットする。
私は、中央の台座へと向かい、その前に膝をついた。
目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。
(……巫女のように、目隠しをして、念仏を唱える)
そうすれば——狒々は"見えなくなる"。
そして、裕也が動画を再生し、狒々を"呼び戻す"。
狒々が実体化した瞬間に、社の中に閉じ込める——。
それが、私たちが考えた"呪いを終わらせる方法"だった。
「夏美、これ」
裕也が、目隠し用の布を手渡してくる。
私は、迷わずそれを受け取り、目に巻いた。
視界が完全に閉ざされる。
——真っ暗な闇。
けれど、私は確かに"何か"の存在を感じていた。
(……始める)
私は、震える唇を開いた。
「……○○○○……○○○○……」
小さな声で、念仏を唱え始める。
社の中に、私の声が響く。
「……○○○○……○○○○……」
一定のリズムで、繰り返し唱え続ける。
——その時。
ピッ……
カメラのボタンが押される音がした。
裕也が、動画の再生を始めたのだ。
私は、布の向こうで目を閉じたまま、"それ"が現れるのを感じた。
空気が重くなる。
何かが、動き始める気配。
——キッ、キッ、キッ……
あの、耳に焼き付いた鳴き声が聞こえた。
(……来た)
でも——私は目を開けない。
絶対に、開けてはいけない。
「……裕也」
私は、目隠しをしたまま囁いた。
「動画、消せる……?」
裕也の返事は、ない。
(……裕也?)
心臓が、ドクンと跳ねる。
裕也が何も言わない——。
(まさか……!)
私は、無意識に布の隙間から"向こう側"を見ようとした。
その瞬間——
——ガタァン!!
何かが、大きな音を立てて動いた。
「——っ!!」
私は、咄嗟に目隠しを押さえた。
(見ちゃダメ……見ちゃダメ……!!)
「裕也!! 返事して!!」
私は叫んだ。
すると——
「……っ、や、ばい……っ!!」
裕也の声が、震えていた。
(……なにが!? ちゃんと全部喋ってよ!)
私は、必死に念仏を唱え続ける。
裕也の方へ視線を向けるわけにはいかない。
(ああ、お願い……! 早く動画を消して……!!)
社の中の空気が、どんどん異様になっていく。
足元から、"何か"がせり上がってくるような感覚。
「……っ、夏美。もう少しだ……!!」
裕也が、叫んだ。
私は、歯を食いしばりながら、ただ念仏を唱え続けた。
(お願い……間に合って……!!)

