2022年8月19日(金) 午前11時12分/都内 図書館
「……荒神?」
私は、開いた本のページを指でなぞった。
「敵を知り己を知れば百戦してあやうからず」ってどこかの人が言っていた事を思い出し、
図書館で安高村のお祭りについて何かないか調べていたのだ。
そこで見つけた本に少し載っていた。
——“安高村の祭りは、荒神を社の中で鎮め、供物を捧げる儀式である”
その一文を見つけた瞬間、胸がざわついた。
(やっぱり……この祭りは、ただの神事じゃない……)
ここには、こうも書かれていた。
“祭りの終焉とともに、荒神は山へ帰る”
私は、ページをめくる手を止める。
(でも……今回、狒々は帰っていない)
それどころか、動画の中に囚われ、そこから"現実世界に出入りできるようになった"。
だから、何度でも獲物を狩ることができる——終わりがない。
(……もし、もう一度社で儀式をやれば……)
狒々を本来の場所に戻せるんじゃないか?
私は本を閉じて、スマホを取り出し、裕也にメッセージを送った。
《裕也、話したいことがある。今日、会える?》
2022年8月19日(金) 午後2時37分/ファミレス
「……それ効果あるのか?」
裕也は、アイスコーヒーのストローをくわえながら、私を睨んだ。
「分からない。それでも、もう一度、安高村に行くしかない」
「……」
裕也は、表情をこわばらせた。
彼はここ数日、まともに眠れていないらしい。
夢の中で、あの"キッキッキッ"という鳴き声が聞こえるそうだ。
それが、どんどん近づいてくる——。
「……終わらせたいよな」
裕也は、ぼそりと呟いた。
「だったら、社で動画を再生しよう」
「……正直、言ってもう近づきたくないんだけど、やる価値はあるんだよな?」
「わからない。でも、試さないと……」
裕也は、大きく息を吐くと、天井を見上げた。
「わかった。9月の三連休、空けとけよ。安高村に行く」
2022年8月19日(金) 午後8時05分/山下家
「安高村?」
リビングでテレビを見ていた母は、驚いたように私を見た。
「うん。タケシのことも気になるし、もう一度行きたい」
「でも、あの村に何があるの?」
「……タケシが、変だったの。村にいるとき」
私は、できるだけ嘘をつかずに説明した。
「だから、気になって……」
母は、少し考え込んだ後——
「……泊まるのは、おじいちゃんの家ね? 裕也君も一緒ね?」
「もちろん」
「それなら、いいわ」
母は、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「タケシ君のこと、ちゃんと調べてきなさい」
「うん、ありがとう」
こうして、私は再び、安高村へ行くことを決めた。
(これで……終わらせる)
私は、そっとスマホを握りしめた。

