2022年8月17日(水) 午前7時14分/タケシの自宅
目が覚めた瞬間、タケシはひどい倦怠感に襲われた。
体がだるい。喉が渇く。頭が重い。
(全然寝た気がしねぇ……)
昨夜のことを思い出しながら、メモに書き出していった。
夏美からの指示だ。
「ったく、夏美の奴、面倒くさいこと言いやがって。時間まで書かないといけないのかよ。何がドキュメンタリー映画だよ。って俺たちも心霊動画作っているから、人の事は言えないな」
「タケシ……」
スマホのスピーカーから聞こえた、あの声。
裕也に似ていた。でも、本当に裕也の声だったのか?
タケシは顔を洗おうと立ち上がる。
ふと、窓のカーテンが少し開いていることに気づいた。
(……あれ? 俺、閉めたよな……?)
嫌な汗が背中を伝う。
タケシはゆっくりと窓へ近づいた。
ガラスに映る自分の姿。
そして、その背後——
“誰か”が立っていた。
——ガタンッ!
タケシは反射的に振り返った。
……誰もいない。
心臓の鼓動がうるさいほど響く。
(……まだ、夢見てんのか?)
気のせいだと言い聞かせ、タケシはリビングへ向かった。
2022年8月17日(水) 午前10時22分/ニュースとSNSの異変
朝食後、タケシはソファでスマホを眺めていた。
動画の再生数は20万回を突破し、コメント欄は異様な盛り上がりを見せている。
――――
コメント欄
「やっぱこれガチでヤバいやつだよな」
「この動画は見ない方が良いぞ」
「昨日から頭痛い。気のせい?」
「社の奥の方、たまに違う映像になってない?」
――――
(……気のせい、じゃねぇな)
タケシはニュースサイトを開いた。
すると、ある見出しが目に留まる。
――――
< ニュース速報>
『都内で10代~20代の若者の失踪が相次ぐ』
『昨晩から4人が行方不明、いずれも家にいたはずが忽然と姿を消している』
『若者の夜遊びか?』
――――
タケシの指が止まる。
(……こいつら、動画見たんじゃねぇのか?)
そんな考えが脳裏をよぎる。
2022年8月17日(水) 午後2時30分/裕也との通話
タケシはスマホを取り、裕也に電話をかけた。
「……もしもし?」
「あ、タケシ? なんだよ、急に」
「マジで動画やばいかもしれん。消せるうちに消した方がいいって」
「は?」
裕也の声が、露骨に不機嫌になる。
「お前さ、ビビりすぎ。そんな簡単にバズる動画捨てられるかよ」
「動画見たやつ、体調崩してるって話、聞いたか?」
「ネットのデマだろ。つか、動画見てねーやつが何言ってんの?」
タケシは息を呑む。
「……っ!」
裕也は続ける。
「あーあ、せっかくここまで伸びてんのに。お前マジでつまんねーわ」
タケシは拳を握りしめた。
「……もういい」
通話を切る。
スマホの通知を確認すると——
動画の再生数:30万回突破
タケシは、じわりと滲む冷や汗を感じながら、スマホを閉じた。
2022年8月17日(水) 午後10時45分/悪夢の始まり
タケシは疲れ切り、そのまま布団に潜り込んだ。
次第に意識が遠のいていく。
——ふと、気がつくと、社の中に立っていた。
「……え?」
夢だ。夢だと分かっていても、足がすくんで動けない。
目の前で、目隠しをした巫女が念仏を唱えている。
その背後に——
狒々がいた。
「……っ!」
タケシは息を殺す。
狒々は、ぎょろりと大きな目を見開き、
ゆっくりとタケシの方を向いた。
「キッ……キッキッ……」
狒々の唇がわずかに開く。
ぎざぎざの牙が覗く。
タケシは恐怖で足が動かない。
狒々は、ゆっくりと四つん這いになり、
音もなく、タケシに近づいてくる。
(やばい……やばい……!)
足を動かせ——走れ——!
そう思っても、体が動かない。
狒々は、タケシの目の前まで迫る。
その目が、不自然なほどぎょろりと動いた。
タケシを見ている。
次の瞬間——
——ガバッ!!
タケシは飛び起きた。
荒い息が止まらない。
(夢……だよな……?)
全身に嫌な汗をかいていた。
——キッ……キッキッ……
タケシは目を見開く。
まだ、鳴き声が聞こえている。
(なんで……まだ聞こえてんだよ……!?)
これは夢じゃない。
タケシの部屋のどこかに、“それ”がいる。

