2022年8月16日(火) 午前11時12分/東京・松本裕也の自宅
東京に戻った私たちは、裕也の家に集まり、すぐに撮影した映像を確認することになった。
裕也がノートPCを開き、カメラのSDカードを差し込む。
画面には、撮影した動画ファイルが並んでいた。
「さーて、どんな映像が撮れてるかな……!」
裕也がウキウキしながら動画をクリックし、再生を始める。
――――撮影用カメラで撮った動画再生中(ノートPC画面)
2022年8月15日(月) 20:20/社の内部
撮影者:山下夏美
社の中、目隠しをした巫女が座り、念仏を唱えている。
その後ろに——
「うおお、マジで映ってんじゃん!!」
裕也が興奮気味に叫ぶ。
「これ……ガチでヤバいやつだろ……!」
タケシの声が震える。
私は、画面を見なかった。やはり怖いのだ。裕也たちに言うと馬鹿にされるので黙っているが、
怖いものは、怖いのだ。
(見たら……何かが来るような気がする)
——そう思った私は、思わず目をそらし、顔を伏せた。
「キッ……キッキッ……キッ……!」
PCのスピーカーから、異様な鳴き声が響く。
耳の奥にこびりつくような不快な音。
「音、おかしくね?」
タケシが眉をひそめる。
「撮影の時、こんな音デカかったか?」
「いや、むしろ社の中では、ここまでハッキリ聞こえなかった気がする……」
タケシはさらに顔をこわばらせた。
裕也は気にすることなく、「逆に怖くていいじゃん!」と笑う。
「いや、なんか……“わざと”こうなってる気がするんだけど……」
私は画面を見ずに呟いた。
——私は見ない!
2022年8月16日(火) 午後0時30分/動画アップロード
「よし、完成! これをアップするぞ!」
「……本当に、公開するの?」
私は、不安を拭えないまま尋ねた。
裕也はニヤリと笑う。
「お前、何のために撮ったと思ってんの?」
タケシは逡巡していたが、結局「……まあ、ここまで来たら出すしかねぇか」と呟いた。
――――
動画タイトル:『覗いてはならない社、ガチのヤバい映像』
投稿者:松本裕也(アカウント名:Yuya_Vlog)
公開日時:2022年8月16日 12時40分
――――
動画は、たった数分で再生数を伸ばし始めた。
「おお……見ろよ! もう1000回再生いってるぞ!」
裕也がスマホを見ながら興奮する。
「コメントもめっちゃついてる!」
2022年8月16日(火) 午後1時02分/視聴者の反応
――――
コメント欄
「マジでヤバい映像」
「巫女の後ろ、なんか動いてない?」
「見たら寒気がした……」
「この動画、途中から音ズレてる?」
「見てると気分悪くなる……けど、なんか目が離せない」
――――
私は画面を見ていなかったが、スマホでコメントを眺めていた。
すると、ある書き込みが目に留まった。
「この動画、何か変じゃない? 何かが見ているような気がするんだが」
「……!」
私は思わず息を呑んだ。
それだけじゃない。
次々と、違和感を訴える書き込みが増えていく。
「ずっと見てると頭痛くなってくるんだけど」
「再生してる間、部屋の温度が下がってる気がする……」
「音ズレしてるっていうか……たまに変な音が混じってる?」
「おい、ちょっと待て……」
タケシも異変に気づき、スマホを手に取る。
「これ……マジでヤバいやつじゃね?」
2022年8月16日(火) 午後5時48分/異常な再生数
深夜、タケシがスマホをチェックすると、動画の再生数が異常なスピードで伸びていた。
再生数:12,000回 → 30,000回 → 50,000回……
「……こんな急に伸びるか?」
タケシが青ざめた顔で呟く。
「うおお、マジでバズってるぞ!!」
裕也は興奮し、完全に浮かれていた。
だが、私は——
(……この動画、もう止められないんじゃないか?)
そんな恐ろしい考えが頭をよぎっていた。
――――
コメント欄
「いやいや、絶対作り物だって!」
「おい、さっきからずっと鳴き声が聞こえるんだけど」
「この動画、見てる最中に“誰か”の気配がする」
「……なんか、覗かれてる気がしない?」
――――
私は、ぞくりとした寒気を覚えた。
「……もういい。私は時間だから帰るよ」
私は立ち上がった。
「おい、マジで盛り上がってるって!」
裕也の声が背後から聞こえたが、振り返らなかった。
「遅くなると、お母さんに怒られるから帰る」
裕也のおばちゃんに挨拶して家を出た。
自転車に乗りながら、また、あの言葉が頭に浮かんだ。
(深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている——)
私は、背後を振り返らずに、家へ向かった。

