「そんなに上手く踊れる自信もないですし、大勢の人の前で誘うなんて恥ずかしい真似到底できそうにないので」
「……えっと。今そうされている時点で恥ずかしくはないのですか?」
「そう思ってくださっているなら、早くこの手を取ってもらえませんか」
視線を逸らしながらそんなことを言う彼がおかしくて、少し可愛くて。葵はつい吹き出して笑ってしまった。
「す、すみません。ちょっと……おかしくって」
「……私とは、踊ってはいただけませんか」
残念そうに俯いた後、下りていく手に葵は慌てて彼の元へと駆け寄る。
そして、差し出してくれていた彼の手を、満面の笑顔とともに両手で包み込んだ。もう冷たくなんてなかったから。
「ふふっ。喜んで。名探偵燕尾服仮面さん」
彼は目を見開いて固まった。まさか、ここまでしておいて断られるとでも思ったのだろうか。
「――ぶはっ」
「えっ。な、……何がおかしかったんですかっ」
いきなり吹き出して笑われ、葵は少し拗ねながら口を尖らせる。彼は葵の手をもう片方の手で包み込みながらゆっくりと立ち上がった。自然と葵も立ち上がる。
「いや、その通りだと思って。私も着た時そう思っ……ふっ」
自分で自分の恰好笑ってるよ、この人。
「でも安心しました。会場で壁の花になっていた可憐なあなたに、どう声を掛けようか迷っていたので」
彼は葵の手を取り、腰に腕を回す。微笑む彼に、やっぱり初めて会ったような気がしないんだよなあ……と。思いつつ「お世辞がお上手なんですね」と、葵も彼の手を握り返し、もう片方を彼の肩に添えた。
「まさかお世辞だと思われていたとは」
「え?」
「でも……そうですね。本音だったとはいえ、確かに在り来たりな言葉を選んでしまいました」
小さく自嘲した彼は、静かに足を止める。
「私は、会場であなたを見かけたその時から、何としてでも声を掛けたいと思っていました。あなたがあまりにも闇に溶け込んでいて……そのまま消えてしまうのではないかと、少し怖かったから」
「……えっと」
「けれど、そうすることで見つかりたくないのかなとも思いました。だってこんなにも可愛らしい方が、真っ黒なドレスに赤い靴で。……唇だって、こんなに赤く――」
「――……!」
下唇を、親指が愛おしげに撫でていく。
可愛いという言葉が耳から入って甘やかしてくる。
見つめてくる瞳が、葵をとらえて離さない。
赤くなっていくのを、熱くなっていくのを、止められない。



