放課後。オレンジ色の夕日が差し込む昇降口で、ローファーに履き替える。顔を上げると、壁掛け時計が六時半を指していた。
「図書委員の当番で遅くなっちゃった」
これからスーパーに寄って、食材を買って帰るのは面倒だな……。どんよりした気分になったところで、今朝見かけたレストランのことを思い出した。
「そういえば、あそこに行けばワンコインで何でも食べられるんだっけ?」
100円で一食済ませられるなら、スーパーでお買い物をするよりも安上がりだ。後片付けもしなくていいから楽だし、利用しない手はない。それに、天音くんの言葉も気になっていた。
『みんなで一緒にご飯食べようねっ』
あの場所に行けば、誰かと一緒にご飯を食べられる。昔のように――。
期待に胸を膨らませながら、私は昇降口を飛び出した。
オレンジ色に染まった住宅街が、少しずつ闇に飲まれていく。心細い気持ちを振り払うように、アスファルトを蹴って走り出した。
緑色の屋根をした洋館が『ひだまりレストラン』だ。三角屋根のてっぺんには、風見鶏がいる。アーチ状の小窓からは、オレンジ色の灯りが漏れていた。
「よかった。営業中みたい」
黒板スタンドの横を通り過ぎ、扉に付いた金色のドアノブに触れる。扉を引くと、カランコロンと軽やかにベルが鳴った。眩しい光と同時に、明るい声が飛んでくる。
「「「「「いらっしゃいませ! ご注文は僕(俺)?」」」」」
店内に入ると、五人のウェイターさんに出迎えられた。その顔を見て、ハッと息をのんだ。
みんなびっくりするほどイケメンだ。もしかしてドラマの撮影現場に飛び込んじゃった?
眩し過ぎる光景を前にして立ち尽くしていると、今朝知り合った天音くんが駆け寄ってくる。
「育ちゃん、いらっしゃい! 待ってたよ!」
天音くんは、えくぼを作りながら愛らしく微笑む。今朝は白シャツに黒のパンツを合わせたシンプルな服装だったけど、今は黒いベストと赤い蝶ネクタイを付けたウェイタースタイルだ。紳士的で格好良い。見惚れていると、天音くんに手を引かれる。
「さあさあ、入って。今日は貸し切りだから」
辺りを見渡してみると、お客さんは私以外いない。オープン初日で貸し切りって大丈夫なの?
心配になりつつも、天音くんに促されて席につく。六人は座れそうな広々とした席に案内されてしまった。そわそわしながら椅子に座っていると、天音くんにキラキラした瞳で尋ねられる。
「注文は何にする? 白米? パン? パスタ?」
「えーっと……。メニューはあるかな?」
テーブルを見渡してみたものの、メニューらしき冊子は見当たらない。注文しようにも、これじゃあ何があるか分からないよ。
「メニューはないよ。育ちゃんの好きなものを作ってあげる」
「好きなもの!?」
驚いて大声をあげると、天音くんは「そ」と言いながらにっこり頷いた。
そんなレストランってある? 食材の仕入れとかどうなっているの?
呆気に取られていると、天音くんを押しのけて赤髪の男の子が前に飛び出してきた。
「で、注文はどうする? 肉はどうだ!? ステーキ、ハンバーグ、生姜焼き!」
大きな声をかけられて、びくっと肩が飛び跳ねる。キリっとした顔立ちで、いかにも体育会系な男の子だ。
固まっていると、今度は金髪の男の子が前に出てくる。
「肉もいいけどさ、たまには油っこいものが食いたくねえか? から揚げ、てんぷら、フライドポテト」
切れ長のツリ目で、耳にはピアスがたくさん付いている。ヤンキー風な男の子に話しかけられて、身構えてしまった。この人は、ちょっと怖いかも……。
三人から迫られて困惑していると、後方にいた背の高い二人組が会話に加わった。
「おいおい、がっつくなって。最初は前菜だろ。今の季節だと春キャベツのコールスローとかおすすめだぞ」
オレンジ髪をハーフアップにした男の子が、腕組みをしながらおすすめする。前にいる三人よりも、お兄さんっぽい雰囲気だなぁ。
「和食という手もありますよ。サバの味噌煮などいかがでしょう?」
今度は黒髪の男の子が丁寧な喋り方で提案する。他の男の子たちと比べると、落ち着きのある印象だ。
前方の三人から熱い眼差しを受けつつ、後方の二人からもジーッと見られている。こんなに大勢の男の子から注目されたのは初めてだから、緊張しちゃうよ~!
「そ、そんなにたくさんは食べられませんって……」
両手を振りながらおろおろしていると、前方の三人がぐいっと距離を詰めてきた。
「「「じゃあ、誰を食べる?」」」
ええ~!? 何を食べるじゃなくて? それにどうして必死になって料理を勧めてくるの?
わけが分からないけど、レストランに入ったからには何か注文しないと。頭の中であれこれメニューを思い浮かべていると、黒板に書かれていた本日おすすめを思い出した。
「それじゃあ、本日のおすすめで」
本日のおすすめは、豆腐とワカメのサラダ、チキンのトマト煮込み、いちごのヨーグルトムース、そこにライスかパンが付いてくるメニューだった気がする。それを頼めば、角が立たないよね。
注文を伝えると、五人は顔を見合わせる。沈黙が続いた後、オレンジ髪のお兄さんがくくっと笑いだした。
「うん、いいんじゃないか。それならみんなをバランスよく食べてもらえるし」
バランスよく食べてもらえる? どういうこと? 首をかしげていると、天音くんが両方の人差し指を立てながら尋ねてくる。
「ライスとパンはどっちにする?」
「じゃあライスで」
「りょうか~い」
天音くんはぺけっと敬礼すると、いそいそとキッチンに駆けていった。その後ろを赤髪の体育会系男子と、金髪のヤンキー男子が追いかけていく。
「待て、天音! 肉は俺が焼く!」
「チッ……本当はもっと油っこいものを食ってもらいたいけど、まあいいか」
賑やかな三人組がキッチンに入っていくと、フロアが静かになった。呆然としていると、ハーフアップのお兄さんがキッチンを眺めながら苦笑いを浮かべる。
「悪いな、騒がしくて。あいつらはエネルギーに満ち溢れているから」
エネルギーに満ち溢れているというのは納得だ。初対面であんなに元気いっぱいに迫られるとは思わなかった。キッチンを眺めていると、黒髪の男の子がグラスを差し出す。
「お冷です。ミネラルがたっぷり含まれていますよ」
「あっ……ありがとうございます」
小さく頭を下げながらグラスを受け取る。さっそく飲もうとしたところで、黒髪の男の子からジーッと注目されていることに気付いた。
「あの、えっと、なにか?」
「ああ、いえ、なんでも……」
慌てて視線を逸らされてしまう。疑問に思いつつも水を飲むと、黒髪の男の子は頬を赤らめた。
「……ありがとうございます」
どうしてお礼を言われているの? ぱちぱちと瞬きをしていると、キッチンからぎゃあぎゃあと騒ぎ声が聞こえてきた。
「遊くん! 何にでもマヨネーズをかけようとしないで!」
「うっせーな、マヨネーズをかければ何でも美味くなるんだよ!」
天音くんと金髪の男の子の声だ。騒ぎを聞きつけると、ハーフアップのお兄さんがやれやれと頭をかいた。
「たくっ、あいつらだけには任せておけねえな。……おい、遊! いちごにマヨネーズかけたら承知しねえぞ!」
ハーフアップのお兄さんがキッチンに走っていく。すると、黒髪の男の子が折り目正しくお辞儀をした。
「では、ごゆっくり」
五人の男の子たちがいなくなると、嵐が通り過ぎたかのように静かになった。
「図書委員の当番で遅くなっちゃった」
これからスーパーに寄って、食材を買って帰るのは面倒だな……。どんよりした気分になったところで、今朝見かけたレストランのことを思い出した。
「そういえば、あそこに行けばワンコインで何でも食べられるんだっけ?」
100円で一食済ませられるなら、スーパーでお買い物をするよりも安上がりだ。後片付けもしなくていいから楽だし、利用しない手はない。それに、天音くんの言葉も気になっていた。
『みんなで一緒にご飯食べようねっ』
あの場所に行けば、誰かと一緒にご飯を食べられる。昔のように――。
期待に胸を膨らませながら、私は昇降口を飛び出した。
オレンジ色に染まった住宅街が、少しずつ闇に飲まれていく。心細い気持ちを振り払うように、アスファルトを蹴って走り出した。
緑色の屋根をした洋館が『ひだまりレストラン』だ。三角屋根のてっぺんには、風見鶏がいる。アーチ状の小窓からは、オレンジ色の灯りが漏れていた。
「よかった。営業中みたい」
黒板スタンドの横を通り過ぎ、扉に付いた金色のドアノブに触れる。扉を引くと、カランコロンと軽やかにベルが鳴った。眩しい光と同時に、明るい声が飛んでくる。
「「「「「いらっしゃいませ! ご注文は僕(俺)?」」」」」
店内に入ると、五人のウェイターさんに出迎えられた。その顔を見て、ハッと息をのんだ。
みんなびっくりするほどイケメンだ。もしかしてドラマの撮影現場に飛び込んじゃった?
眩し過ぎる光景を前にして立ち尽くしていると、今朝知り合った天音くんが駆け寄ってくる。
「育ちゃん、いらっしゃい! 待ってたよ!」
天音くんは、えくぼを作りながら愛らしく微笑む。今朝は白シャツに黒のパンツを合わせたシンプルな服装だったけど、今は黒いベストと赤い蝶ネクタイを付けたウェイタースタイルだ。紳士的で格好良い。見惚れていると、天音くんに手を引かれる。
「さあさあ、入って。今日は貸し切りだから」
辺りを見渡してみると、お客さんは私以外いない。オープン初日で貸し切りって大丈夫なの?
心配になりつつも、天音くんに促されて席につく。六人は座れそうな広々とした席に案内されてしまった。そわそわしながら椅子に座っていると、天音くんにキラキラした瞳で尋ねられる。
「注文は何にする? 白米? パン? パスタ?」
「えーっと……。メニューはあるかな?」
テーブルを見渡してみたものの、メニューらしき冊子は見当たらない。注文しようにも、これじゃあ何があるか分からないよ。
「メニューはないよ。育ちゃんの好きなものを作ってあげる」
「好きなもの!?」
驚いて大声をあげると、天音くんは「そ」と言いながらにっこり頷いた。
そんなレストランってある? 食材の仕入れとかどうなっているの?
呆気に取られていると、天音くんを押しのけて赤髪の男の子が前に飛び出してきた。
「で、注文はどうする? 肉はどうだ!? ステーキ、ハンバーグ、生姜焼き!」
大きな声をかけられて、びくっと肩が飛び跳ねる。キリっとした顔立ちで、いかにも体育会系な男の子だ。
固まっていると、今度は金髪の男の子が前に出てくる。
「肉もいいけどさ、たまには油っこいものが食いたくねえか? から揚げ、てんぷら、フライドポテト」
切れ長のツリ目で、耳にはピアスがたくさん付いている。ヤンキー風な男の子に話しかけられて、身構えてしまった。この人は、ちょっと怖いかも……。
三人から迫られて困惑していると、後方にいた背の高い二人組が会話に加わった。
「おいおい、がっつくなって。最初は前菜だろ。今の季節だと春キャベツのコールスローとかおすすめだぞ」
オレンジ髪をハーフアップにした男の子が、腕組みをしながらおすすめする。前にいる三人よりも、お兄さんっぽい雰囲気だなぁ。
「和食という手もありますよ。サバの味噌煮などいかがでしょう?」
今度は黒髪の男の子が丁寧な喋り方で提案する。他の男の子たちと比べると、落ち着きのある印象だ。
前方の三人から熱い眼差しを受けつつ、後方の二人からもジーッと見られている。こんなに大勢の男の子から注目されたのは初めてだから、緊張しちゃうよ~!
「そ、そんなにたくさんは食べられませんって……」
両手を振りながらおろおろしていると、前方の三人がぐいっと距離を詰めてきた。
「「「じゃあ、誰を食べる?」」」
ええ~!? 何を食べるじゃなくて? それにどうして必死になって料理を勧めてくるの?
わけが分からないけど、レストランに入ったからには何か注文しないと。頭の中であれこれメニューを思い浮かべていると、黒板に書かれていた本日おすすめを思い出した。
「それじゃあ、本日のおすすめで」
本日のおすすめは、豆腐とワカメのサラダ、チキンのトマト煮込み、いちごのヨーグルトムース、そこにライスかパンが付いてくるメニューだった気がする。それを頼めば、角が立たないよね。
注文を伝えると、五人は顔を見合わせる。沈黙が続いた後、オレンジ髪のお兄さんがくくっと笑いだした。
「うん、いいんじゃないか。それならみんなをバランスよく食べてもらえるし」
バランスよく食べてもらえる? どういうこと? 首をかしげていると、天音くんが両方の人差し指を立てながら尋ねてくる。
「ライスとパンはどっちにする?」
「じゃあライスで」
「りょうか~い」
天音くんはぺけっと敬礼すると、いそいそとキッチンに駆けていった。その後ろを赤髪の体育会系男子と、金髪のヤンキー男子が追いかけていく。
「待て、天音! 肉は俺が焼く!」
「チッ……本当はもっと油っこいものを食ってもらいたいけど、まあいいか」
賑やかな三人組がキッチンに入っていくと、フロアが静かになった。呆然としていると、ハーフアップのお兄さんがキッチンを眺めながら苦笑いを浮かべる。
「悪いな、騒がしくて。あいつらはエネルギーに満ち溢れているから」
エネルギーに満ち溢れているというのは納得だ。初対面であんなに元気いっぱいに迫られるとは思わなかった。キッチンを眺めていると、黒髪の男の子がグラスを差し出す。
「お冷です。ミネラルがたっぷり含まれていますよ」
「あっ……ありがとうございます」
小さく頭を下げながらグラスを受け取る。さっそく飲もうとしたところで、黒髪の男の子からジーッと注目されていることに気付いた。
「あの、えっと、なにか?」
「ああ、いえ、なんでも……」
慌てて視線を逸らされてしまう。疑問に思いつつも水を飲むと、黒髪の男の子は頬を赤らめた。
「……ありがとうございます」
どうしてお礼を言われているの? ぱちぱちと瞬きをしていると、キッチンからぎゃあぎゃあと騒ぎ声が聞こえてきた。
「遊くん! 何にでもマヨネーズをかけようとしないで!」
「うっせーな、マヨネーズをかければ何でも美味くなるんだよ!」
天音くんと金髪の男の子の声だ。騒ぎを聞きつけると、ハーフアップのお兄さんがやれやれと頭をかいた。
「たくっ、あいつらだけには任せておけねえな。……おい、遊! いちごにマヨネーズかけたら承知しねえぞ!」
ハーフアップのお兄さんがキッチンに走っていく。すると、黒髪の男の子が折り目正しくお辞儀をした。
「では、ごゆっくり」
五人の男の子たちがいなくなると、嵐が通り過ぎたかのように静かになった。
