遊くんたちにお説教された後は、一階のレストランに向かった。そこで椎南さんと紫生さんに笑顔で迎えられる。

「おっ、目を覚ましたようだな」
「お腹空いていませんか? 夕食の準備ができていますよ」

言われてみれば、お腹がペコペコだ。夕飯を食べずに天音くんを探していたから当然だよね。六人掛けのテーブルに案内されると、紫生さんが深皿に盛ったカレーを運んでくる。

「本日の献立はサバ缶トマトカレーです」
「カレーにサバ缶!?」

それって美味しいのかな? 警戒していると、椎南さんがニッと笑いながらスプーンを差し出す。

「物は試し。食べてみてくれ」

怖いけど、食べず嫌いはよくないよね。二人に見守られながら、恐る恐るカレーを口に運んだ。一口食べた瞬間、大きく目を開く。

「美味しいです!」

この組み合わせは意外とアリだ。サバの臭みもないし、トマトのおかげで甘く感じる。これならいくらでも食べられそう。夢中で食べていると、天音くん、遊くん、亜実望くんも競うようにテーブルについた。

「僕も食べたい! いただきます! あーん……んんっ! ホントだ、美味しい!」
「なかなかイケるじゃねーか」
「サバで良質なタンパク質も摂取できるし最高だな!」

みんなが絶賛すると、椎南さんと紫生さんがハイタッチを交わす。

「カレーにビタミンCとカルシウムをぶち込む作戦は成功だな」
「トマトとサバの相性が良かったのかもしれませんね」

二人の作戦を聞くと、ふふっと笑いが込み上げる。やっぱり食育男子って、食べてもらうことが一番の喜びなんだね。
これからもみんなと仲良く過ごすためにも、バランスの良い食事を心がけよう。そうすれば未来の私も元気に過ごせるはずだよね。



夕食を終えると、天音くんが家まで送ってくれた。月灯りに照らされながら、これまでの出来事を振り返る。

「私ね、みんなと出会う前は食事の時間が好きじゃなかったんだ。ご飯もあんまり美味しいとは思えなかったし」

ひとりぼっちの頃は、空腹を満たすためだけに食事をしていた。だけどみんなと出会って変わった。

「今は食事の時間が大好きなんだ。栄養のこともちゃんと考えるようになったし」

あの頃と比べると大きな変化だ。私を変えてくれたみんなには感謝しないとね。

「ありがとう、天音くん。私と出会ってくれて」

微笑みながら感謝の言葉を伝えると、天音くんがぴたっと足を止める。振り返ると、天音くんは真っ赤になりながら立ち尽くしていた。

「そんなこと言われたら、また独り占めしたくなっちゃうよ」
「ええっ!?」

それはダメだって話したじゃん。戸惑っていると、天音くんはきゅっと唇を結びながら首を振った。

「でも僕だけを食べてほしいっていうのはワガママだよね。これからはみんなともバランスよく仲良くしてあげてね」

天音くん、独り占めしたいって気持ちを我慢してそう言ってくれてるのかな? 私の健康を気遣ってくれるのは嬉しいけど、天音くんの気持ちを想像すると切なくなる。
言葉を詰まらせていると、正面にやって来た天音くんに腕を掴まれた。

「その代わり、お願いしたいことがあるんだ」

お願いしたいこと? 首をかしげていると、ぐいっと引き寄せられた。

「天音くん!?」

バランスを崩すと、天音くんにぎゅーっと抱きしめられる。

「育ちゃんと触れ合っていると、食べられている時と同じくらい幸せな気分になるんだ。だから糖質控えめの日は、ぎゅっとさせて?」

食べられている時の感覚って、ハグしている時と同じ感覚だったの!? そんなの聞いてない!
身体中が熱くなってプルプル震えていると、今度は耳元で囁かれる。

「キスでもいいよ。今度は育ちゃんからしてよ」

今度はってなに? そんな前にもしたことがあるような言い方……。
そういえばプールサイドで倒れた時、一瞬だけ柔らかいものが唇に触れたような。あれってもしかして……。

とんでもない事実に気付いて言葉を失っていると、天音くんは腕を解いて天使のように微笑んだ。

「大好きだよ、育ちゃん。これからもずっと一緒にいようね」

やっぱり天音くんには依存性があるようです。

【完】