レストランに入ると、椎南さんが血相を変えて飛んできた。
「お前ら、天音を見なかったか?」
「天音? 部屋にこもってんじゃねーの?」
遊くんが眉をひそめながら尋ねると、椎南さんは大きく首を振る。
「部屋にいないんだ。家中探しても見つからない」
「はあああ? あいつ家出でもしたのか?」
家出!? まさかそんな……。背中に冷たい汗をかいていると、紫生さんが話に加わる。
「家出でしたら探せば見つかりますが、別の可能性も考えられます」
「別の可能性ってなんだ?」
亜実望くんが真剣な顔で追及すると、紫生さんは「まだ確かなことではありませんが」と前置きしてから話した。
「食育男子は、育さんの食生活を改善するために派遣されました。つまり僕たちの運命は育さんが握っているというわけです。育さんに食べられなくなったら、この肉体を保つことさえ難しくなる可能性があります」
それってつまり……。
「天音が消えたって言いたいのかよ?」
遊くんが紫生さんに詰め寄る。その態度に動じることなく、紫生さんは冷静に言葉を続けた。
「今はその可能性があるとしかお伝えできません。詳しいことは狩夢と那鳥に調査してもらっています」
遊くんは「んだよ、それ」と荒々しく床を踏み鳴らした。一方、私は頭が真っ白になる。
天音くんが消えた? 私が糖質をとらなかったから? まさかそんなはずは。
「落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない。不貞腐れて出て行っただけかもしれないし」
椎南さんがみんなをなだめる。だけど、消えた可能性があると伝えられた後では、安心することなんてできなかった。
私のせいだ。私が天音くんを拒絶したから、こんなことになったんだ。
「私、天音くんを探してきます」
「待てよ、育!」
「一人じゃ危ないぞ!」
みんなの言葉を振り切って、私はレストランから飛び出した。
◇
天音くん、消えたなんて嘘だよね? どこかに隠れているだけだよね?
夜の住宅街を走って、天音くんがいそうな場所を捜索する。コンビニ、公園、駅、神社……。目に留まった場所を探してみたけど、天音くんの姿は見つからなかった。
もしかしたら、学園かもしれない。天音くんと一緒に歩いていた通学路を、ダッシュで駆け抜けた。
正門は鍵が閉まっていたから、裏門から学園に侵入する。夜の学園に侵入するのは悪いことだけど、今は天音くんの捜索が最優先だ。
中庭や体育倉庫を探してみたけど、天音くんは見つからなかった。
走り過ぎたせいか、クラクラしてくる。だけどこんな所でへばっているわけにはいかない。気を強く持って、捜索を続行した。
アスファルトを踏みしめながら走っていると、プールサイドへ繋がる扉が開いていることに気付く。いつもなら閉まっているはずなのに。
「もしかして!」
僅かな可能性にかけて、プールサイドに向かった。お願い! 見つかって!
強く願いながら外階段を駆け上ったものの、プールサイドには誰もいなかった。プールの水も抜けていて、もの寂しい空気が漂っている。
「いない……」
こんなに探しても見つからないなんて。最悪の展開を想像をしてしまい、スーッと身体の芯まで冷えていく。涙を拭っていると、天音くんの笑顔が思い浮かんだ。
天音くんは、たくさんの愛情を与えてくれた。天音くんの言葉は、お砂糖のように甘くて、私を幸せな気持ちにさせてくれた。私にとっては、かけがえのない存在だったんだよ。
失いたくない。消えてほしくない。天音くんともう会えないなんて嫌だよ。
「ずっと一緒にいるって言ったじゃん。嘘つき」
とめどなく涙が溢れ出す。もう堪えることはできそうもない。ハンカチを取り出そうとポケットに手を入れた時、ころんとしたものに触れた。
取り出してみると、それが飴玉であることが分かる。前に天音くんからもらったものだ。手の平に乗った飴玉を見て、ある可能性に気付く。
「糖質をとらなかったせいで天音くんが消えたなら、もう一度食べればいいんじゃないの?」
試してみる価値はある。包み紙を剥がして、飴玉を口に放り込んだ。
口の中でミルクキャンディーの味が広がっていく。優しい甘さが胸に沁みて、苦しくなった。早く糖質を摂取したくて、飴を噛み砕く。
食べたよ、天音くん。お願い、出てきて! 両手を合わせて願っていると、急激なめまいに襲われた。
「なんでこんな時に」
エネルギー不足で、走り続けたせいかもしれない。もう立っていることもできそうにない。固いアスファルトに倒れそうになった時、ふわっと誰かに支えられた。
誰……?
目が霞んで顔が見えない。意識が遠のいていく中、涙ぐんだ男の子の声が聞こえた。
「ごめんね、育ちゃん、ごめんね」
もしかして、天音くん?
「育ちゃんとの約束、破りたくない。ずっと一緒にいたいよ」
やっぱり天音くんだ。良かった。消えていなかったんだね。
そっと背中を持ち上げられると、甘い香りが漂ってくる。
「お願い、僕のことも食べて」
縋るような声が聞こえた直後、唇に柔らかなものが触れる。マシュマロのような感触に包まれながら、私は意識を手放した。
「お前ら、天音を見なかったか?」
「天音? 部屋にこもってんじゃねーの?」
遊くんが眉をひそめながら尋ねると、椎南さんは大きく首を振る。
「部屋にいないんだ。家中探しても見つからない」
「はあああ? あいつ家出でもしたのか?」
家出!? まさかそんな……。背中に冷たい汗をかいていると、紫生さんが話に加わる。
「家出でしたら探せば見つかりますが、別の可能性も考えられます」
「別の可能性ってなんだ?」
亜実望くんが真剣な顔で追及すると、紫生さんは「まだ確かなことではありませんが」と前置きしてから話した。
「食育男子は、育さんの食生活を改善するために派遣されました。つまり僕たちの運命は育さんが握っているというわけです。育さんに食べられなくなったら、この肉体を保つことさえ難しくなる可能性があります」
それってつまり……。
「天音が消えたって言いたいのかよ?」
遊くんが紫生さんに詰め寄る。その態度に動じることなく、紫生さんは冷静に言葉を続けた。
「今はその可能性があるとしかお伝えできません。詳しいことは狩夢と那鳥に調査してもらっています」
遊くんは「んだよ、それ」と荒々しく床を踏み鳴らした。一方、私は頭が真っ白になる。
天音くんが消えた? 私が糖質をとらなかったから? まさかそんなはずは。
「落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない。不貞腐れて出て行っただけかもしれないし」
椎南さんがみんなをなだめる。だけど、消えた可能性があると伝えられた後では、安心することなんてできなかった。
私のせいだ。私が天音くんを拒絶したから、こんなことになったんだ。
「私、天音くんを探してきます」
「待てよ、育!」
「一人じゃ危ないぞ!」
みんなの言葉を振り切って、私はレストランから飛び出した。
◇
天音くん、消えたなんて嘘だよね? どこかに隠れているだけだよね?
夜の住宅街を走って、天音くんがいそうな場所を捜索する。コンビニ、公園、駅、神社……。目に留まった場所を探してみたけど、天音くんの姿は見つからなかった。
もしかしたら、学園かもしれない。天音くんと一緒に歩いていた通学路を、ダッシュで駆け抜けた。
正門は鍵が閉まっていたから、裏門から学園に侵入する。夜の学園に侵入するのは悪いことだけど、今は天音くんの捜索が最優先だ。
中庭や体育倉庫を探してみたけど、天音くんは見つからなかった。
走り過ぎたせいか、クラクラしてくる。だけどこんな所でへばっているわけにはいかない。気を強く持って、捜索を続行した。
アスファルトを踏みしめながら走っていると、プールサイドへ繋がる扉が開いていることに気付く。いつもなら閉まっているはずなのに。
「もしかして!」
僅かな可能性にかけて、プールサイドに向かった。お願い! 見つかって!
強く願いながら外階段を駆け上ったものの、プールサイドには誰もいなかった。プールの水も抜けていて、もの寂しい空気が漂っている。
「いない……」
こんなに探しても見つからないなんて。最悪の展開を想像をしてしまい、スーッと身体の芯まで冷えていく。涙を拭っていると、天音くんの笑顔が思い浮かんだ。
天音くんは、たくさんの愛情を与えてくれた。天音くんの言葉は、お砂糖のように甘くて、私を幸せな気持ちにさせてくれた。私にとっては、かけがえのない存在だったんだよ。
失いたくない。消えてほしくない。天音くんともう会えないなんて嫌だよ。
「ずっと一緒にいるって言ったじゃん。嘘つき」
とめどなく涙が溢れ出す。もう堪えることはできそうもない。ハンカチを取り出そうとポケットに手を入れた時、ころんとしたものに触れた。
取り出してみると、それが飴玉であることが分かる。前に天音くんからもらったものだ。手の平に乗った飴玉を見て、ある可能性に気付く。
「糖質をとらなかったせいで天音くんが消えたなら、もう一度食べればいいんじゃないの?」
試してみる価値はある。包み紙を剥がして、飴玉を口に放り込んだ。
口の中でミルクキャンディーの味が広がっていく。優しい甘さが胸に沁みて、苦しくなった。早く糖質を摂取したくて、飴を噛み砕く。
食べたよ、天音くん。お願い、出てきて! 両手を合わせて願っていると、急激なめまいに襲われた。
「なんでこんな時に」
エネルギー不足で、走り続けたせいかもしれない。もう立っていることもできそうにない。固いアスファルトに倒れそうになった時、ふわっと誰かに支えられた。
誰……?
目が霞んで顔が見えない。意識が遠のいていく中、涙ぐんだ男の子の声が聞こえた。
「ごめんね、育ちゃん、ごめんね」
もしかして、天音くん?
「育ちゃんとの約束、破りたくない。ずっと一緒にいたいよ」
やっぱり天音くんだ。良かった。消えていなかったんだね。
そっと背中を持ち上げられると、甘い香りが漂ってくる。
「お願い、僕のことも食べて」
縋るような声が聞こえた直後、唇に柔らかなものが触れる。マシュマロのような感触に包まれながら、私は意識を手放した。
