レストランに入ると、椎南さんが血相を変えて飛んできた。

「お前ら、天音を見なかったか?」
「天音? 部屋にこもってんじゃねーの?」

遊くんが眉をひそめながら尋ねると、椎南さんは大きく首を振る。

「部屋にいないんだ。家中探しても見つからない」
「はあああ? あいつ家出でもしたのか?」

家出!? まさかそんな……。背中に冷たい汗をかいていると、紫生さんが話に加わる。

「家出でしたら探せば見つかりますが、別の可能性も考えられます」
「別の可能性ってなんだ?」

亜実望くんが真剣な顔で追及すると、紫生さんは「まだ確かなことではありませんが」と前置きしてから話した。

「食育男子は、育さんの食生活を改善するために派遣されました。つまり僕たちの運命は育さんが握っているというわけです。育さんに食べられなくなったら、この肉体を保つことさえ難しくなる可能性があります」

それってつまり……。

「天音が消えたって言いたいのかよ?」

遊くんが紫生さんに詰め寄る。その態度に動じることなく、紫生さんは冷静に言葉を続けた。

「今はその可能性があるとしかお伝えできません。詳しいことは狩夢と那鳥に調査してもらっています」

遊くんは「んだよ、それ」と荒々しく床を踏み鳴らした。一方、私は頭が真っ白になる。
天音くんが消えた? 私が糖質をとらなかったから? まさかそんなはずは。

「落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない。不貞腐れて出て行っただけかもしれないし」

椎南さんがみんなをなだめる。だけど、消えた可能性があると伝えられた後では、安心することなんてできなかった。
私のせいだ。私が天音くんを拒絶したから、こんなことになったんだ。

「私、天音くんを探してきます」
「待てよ、育!」
「一人じゃ危ないぞ!」

みんなの言葉を振り切って、私はレストランから飛び出した。



天音くん、消えたなんて嘘だよね? どこかに隠れているだけだよね?
夜の住宅街を走って、天音くんがいそうな場所を捜索する。コンビニ、公園、駅、神社……。目に留まった場所を探してみたけど、天音くんの姿は見つからなかった。

もしかしたら、学園かもしれない。天音くんと一緒に歩いていた通学路を、ダッシュで駆け抜けた。

正門は鍵が閉まっていたから、裏門から学園に侵入する。夜の学園に侵入するのは悪いことだけど、今は天音くんの捜索が最優先だ。
中庭や体育倉庫を探してみたけど、天音くんは見つからなかった。

走り過ぎたせいか、クラクラしてくる。だけどこんな所でへばっているわけにはいかない。気を強く持って、捜索を続行した。

アスファルトを踏みしめながら走っていると、プールサイドへ繋がる扉が開いていることに気付く。いつもなら閉まっているはずなのに。

「もしかして!」

僅かな可能性にかけて、プールサイドに向かった。お願い! 見つかって!
強く願いながら外階段を駆け上ったものの、プールサイドには誰もいなかった。プールの水も抜けていて、もの寂しい空気が漂っている。

「いない……」

こんなに探しても見つからないなんて。最悪の展開を想像をしてしまい、スーッと身体の芯まで冷えていく。涙を拭っていると、天音くんの笑顔が思い浮かんだ。

天音くんは、たくさんの愛情を与えてくれた。天音くんの言葉は、お砂糖のように甘くて、私を幸せな気持ちにさせてくれた。私にとっては、かけがえのない存在だったんだよ。

失いたくない。消えてほしくない。天音くんともう会えないなんて嫌だよ。

「ずっと一緒にいるって言ったじゃん。嘘つき」

とめどなく涙が溢れ出す。もう堪えることはできそうもない。ハンカチを取り出そうとポケットに手を入れた時、ころんとしたものに触れた。
取り出してみると、それが飴玉であることが分かる。前に天音くんからもらったものだ。手の平に乗った飴玉を見て、ある可能性に気付く。

「糖質をとらなかったせいで天音くんが消えたなら、もう一度食べればいいんじゃないの?」

試してみる価値はある。包み紙を剥がして、飴玉を口に放り込んだ。
口の中でミルクキャンディーの味が広がっていく。優しい甘さが胸に沁みて、苦しくなった。早く糖質を摂取したくて、飴を噛み砕く。
食べたよ、天音くん。お願い、出てきて! 両手を合わせて願っていると、急激なめまいに襲われた。

「なんでこんな時に」

エネルギー不足で、走り続けたせいかもしれない。もう立っていることもできそうにない。固いアスファルトに倒れそうになった時、ふわっと誰かに支えられた。

誰……?

目が霞んで顔が見えない。意識が遠のいていく中、涙ぐんだ男の子の声が聞こえた。

「ごめんね、育ちゃん、ごめんね」

もしかして、天音くん?

「育ちゃんとの約束、破りたくない。ずっと一緒にいたいよ」

やっぱり天音くんだ。良かった。消えていなかったんだね。
そっと背中を持ち上げられると、甘い香りが漂ってくる。

「お願い、僕のことも食べて」

縋るような声が聞こえた直後、唇に柔らかなものが触れる。マシュマロのような感触に包まれながら、私は意識を手放した。