薄暗くなった公園の隅には、五人の男の子がたむろしている。その中のひとりは、やっぱり遊くんだった。他の男の子は……いつも私をからかってくる男子とその取り巻きだ。
遊くんは、鋭い目つきで男の子たちを睨みつけている。
「他人から体型をからかわれたことがきっかけで、無理なダイエットに走ることもある。最悪の場合、食べることを拒否する摂食障害になることもあるんだぞ! そうなったらどう責任取るつもりだ!?」
今にも噛みつかれそうなオーラに、取り巻きの男子はすっかり怯えている。そんな中、主犯格の男子が声を震わせながら反論した。
「お、俺はそんなつもりじゃ……。別に本気でデブって思っていたわけじゃないし。ただ、来栖が藤室とイチャついているのがムカついて」
その言い分を聞いた遊くんは、何かを察したように「ははん」と笑った。
「お前、育に気があるのか? 育の気を引こうとしてくだらねえこと言ってたなら、やめた方がいいぜ。ダセェから」
にやりと笑う遊くんを見て、主犯格の男子の顔が真っ赤になる。右手を強く握り締めると、荒々しく叫んだ。
「うるせえ! お前に何が分かる!」
空気を切り裂くように拳が飛んでくる。突然のことで反応しきれなかったのか、その拳は遊くんの頬に直撃した。
「遊くん!」
見ていられなくなって、私は遊くんのもとに駆け寄る。私の姿を見た取り巻きの男子たちは「やっべ……」と慌て始めた。
遊くんを庇うように立っていると、後ろから舌打ちが聞こえてくる。
「なんでいんだよ。よりによって一番ダセェタイミングで」
「遊くんこそなんで? 私のことで喧嘩していたよね?」
「お前がダイエットを始めたのはおかしいと思って調べたんだよ。そしたらこいつが元凶だって分かって」
そっか。あの時は目撃者もたくさんいたから、遊くんに話が伝わっていてもおかしくないよね。
「育は下がってろ。これは俺が売った喧嘩だ」
「そういうわけにはいかないよ!」
こうなってしまったのは私が原因だ。いままでは、みんなに心配をかけないように何を言われても我慢してきた。だけど遊くんまで巻き込んでしまったら、もう黙ってはいられない。
苦手なものと向き合うことは怖い。だけど向き合うことで変わることもある。それは食育男子と関わる中で学んできたことだ。怖いと思っていた遊くんは正義感に溢れた男の子だったし、嫌いだった魚も調理方法を変えれば食べられた。
逃げずに向き合うことで得られるものがある。天音くんだって言ってたじゃん。嫌なことを言われたら、ちゃんと嫌だって言わないとダメだって。
しっかりするんだ、来栖育実! これ以上、心配かけないためにも自分で決着をつけないと。バクバクと暴れまわる心臓を宥めるように深呼吸をしてから、私は主犯格の男子と向き合った。
「私ね、体型のことをからかわれるのが一番嫌いなの。そういうこと言ってくる人も大嫌い」
毅然とした態度で訴えると、目の前の男子はビクッと肩を跳ね上がらせる。すると次第に泣き出しそうな顔に崩れていった。
あれだけからかってきたくせに、なんでそんな顔するの? もしかして花梨ちゃんが言っていたように、私にかまってほしくて意地悪をしていたから? もしそうだとしたら、逆効果だって伝えないと。
「私と仲良くなりたいなら、意地悪なんかしないで普通の会話をしよう。そうすれば友達くらいにはなれると思うから」
こんなことを言っても、何を偉そうにって笑われるかもしれない。それでも口に出して言わなければ相手には伝わらないんだ。
沈黙が続く。重苦しい空気が流れた後、目の前の男子は俯いたままボソッと呟いた。
「……悪かったよ。今までからかって」
そう口にすると、逃げるように公園から飛び出した。その後ろを取り巻きの男子たちが追いかけていく。
「あ、ちょっと!」
遊くんを殴ったことも謝ってほしいのに! 呼び止めたものの、彼らが止まることはなかった。
謝ってくれたってことは、もう意地悪しないってことだよね? 和解できたようでホッとしていると、遊くんに勢いよく肩を組まれた。
「よく言った! 惚れ直したぜ」
「ほれっ……!?」
今、とんでもないことを聞いたような……。真っ赤になって口をパクパクしていると、亜実望くんにバシバシと背中を叩かれた。
「まさか育がキレるとは思わなかったぞ! これも天音切れのおかげかもな」
「どうして天音くんが出てくるの?」
目を丸くしながら聞き返すと、亜実望くんは得意げに答えた。
「糖質を制限すると、イライラすることがあるんだ。要するに、今の育は普段より攻撃的になっているってこと」
それって、あの男子にイライラをぶつけてしまったってことじゃ……。いや、和解できたみたいだし、結果オーライってことでいいよね?
「亜実望~、デリカシーのないこと言ってると、今度はお前がブチギレられるぞ」
遊くんがニヤニヤしながらからかうと、亜実望は「そういうつもりじゃ」と慌て始めた。その反応を見て、笑いが込み上げる。
「大丈夫だよ。亜実望くんには怒らないから」
亜実望くんはホッとしたようにため息をつく。空気が和らいだところで、遊くんが真剣な顔で私と向き合った。
「イライラはともかく、糖質をとらないとあちこちで不調が起こるんだ。めまいとか頭痛とか集中力の低下とか」
「それは……全部心当たりがあります」
どれも現在進行形で私の身体に起こっていることだ。背中を丸めて縮こまっていると、遊くんが言葉を続ける。
「天音だって三大栄養素の一人なんだ。ダイエットとはいえ、一切とらないのはやりすぎだ」
「そうだよね」
糖質をとらないデメリットは、身をもって理解した。糖質オフダイエットは、今の私には合っていないみたいから、やめにしよう。方向性が定まったところで、遊くんがビシッとこちらを指さす。
「つーわけで、うちに帰ったら天音の相手もしてやれ。いいなっ」
遊くんの言う通りだ。天音くんとも、ちゃんと向き合わないと。
糖質に依存性があるというのなら、付き合い方を見直せばいい。私を散々からかってきた男子とも和解できたんだ。天音くんとだって分かり合えるはずだよね。
それと……これはみんなには内緒だけど、天音くんと会えない日々はすごく苦しかったんだ。一緒にいるのが当たり前だったから、いなくなると心にぽっかりと穴が空いたような気分になるの。
もう限界だよ。顔が見たい、声が聞きたい。こんな風に思っているってことは、私も天音くんが好きってことだよね。
「天音くんとちゃんと話し合うよ」
そう約束すると、遊くんと亜実望くんは安心したように微笑んだ。
遊くんは、鋭い目つきで男の子たちを睨みつけている。
「他人から体型をからかわれたことがきっかけで、無理なダイエットに走ることもある。最悪の場合、食べることを拒否する摂食障害になることもあるんだぞ! そうなったらどう責任取るつもりだ!?」
今にも噛みつかれそうなオーラに、取り巻きの男子はすっかり怯えている。そんな中、主犯格の男子が声を震わせながら反論した。
「お、俺はそんなつもりじゃ……。別に本気でデブって思っていたわけじゃないし。ただ、来栖が藤室とイチャついているのがムカついて」
その言い分を聞いた遊くんは、何かを察したように「ははん」と笑った。
「お前、育に気があるのか? 育の気を引こうとしてくだらねえこと言ってたなら、やめた方がいいぜ。ダセェから」
にやりと笑う遊くんを見て、主犯格の男子の顔が真っ赤になる。右手を強く握り締めると、荒々しく叫んだ。
「うるせえ! お前に何が分かる!」
空気を切り裂くように拳が飛んでくる。突然のことで反応しきれなかったのか、その拳は遊くんの頬に直撃した。
「遊くん!」
見ていられなくなって、私は遊くんのもとに駆け寄る。私の姿を見た取り巻きの男子たちは「やっべ……」と慌て始めた。
遊くんを庇うように立っていると、後ろから舌打ちが聞こえてくる。
「なんでいんだよ。よりによって一番ダセェタイミングで」
「遊くんこそなんで? 私のことで喧嘩していたよね?」
「お前がダイエットを始めたのはおかしいと思って調べたんだよ。そしたらこいつが元凶だって分かって」
そっか。あの時は目撃者もたくさんいたから、遊くんに話が伝わっていてもおかしくないよね。
「育は下がってろ。これは俺が売った喧嘩だ」
「そういうわけにはいかないよ!」
こうなってしまったのは私が原因だ。いままでは、みんなに心配をかけないように何を言われても我慢してきた。だけど遊くんまで巻き込んでしまったら、もう黙ってはいられない。
苦手なものと向き合うことは怖い。だけど向き合うことで変わることもある。それは食育男子と関わる中で学んできたことだ。怖いと思っていた遊くんは正義感に溢れた男の子だったし、嫌いだった魚も調理方法を変えれば食べられた。
逃げずに向き合うことで得られるものがある。天音くんだって言ってたじゃん。嫌なことを言われたら、ちゃんと嫌だって言わないとダメだって。
しっかりするんだ、来栖育実! これ以上、心配かけないためにも自分で決着をつけないと。バクバクと暴れまわる心臓を宥めるように深呼吸をしてから、私は主犯格の男子と向き合った。
「私ね、体型のことをからかわれるのが一番嫌いなの。そういうこと言ってくる人も大嫌い」
毅然とした態度で訴えると、目の前の男子はビクッと肩を跳ね上がらせる。すると次第に泣き出しそうな顔に崩れていった。
あれだけからかってきたくせに、なんでそんな顔するの? もしかして花梨ちゃんが言っていたように、私にかまってほしくて意地悪をしていたから? もしそうだとしたら、逆効果だって伝えないと。
「私と仲良くなりたいなら、意地悪なんかしないで普通の会話をしよう。そうすれば友達くらいにはなれると思うから」
こんなことを言っても、何を偉そうにって笑われるかもしれない。それでも口に出して言わなければ相手には伝わらないんだ。
沈黙が続く。重苦しい空気が流れた後、目の前の男子は俯いたままボソッと呟いた。
「……悪かったよ。今までからかって」
そう口にすると、逃げるように公園から飛び出した。その後ろを取り巻きの男子たちが追いかけていく。
「あ、ちょっと!」
遊くんを殴ったことも謝ってほしいのに! 呼び止めたものの、彼らが止まることはなかった。
謝ってくれたってことは、もう意地悪しないってことだよね? 和解できたようでホッとしていると、遊くんに勢いよく肩を組まれた。
「よく言った! 惚れ直したぜ」
「ほれっ……!?」
今、とんでもないことを聞いたような……。真っ赤になって口をパクパクしていると、亜実望くんにバシバシと背中を叩かれた。
「まさか育がキレるとは思わなかったぞ! これも天音切れのおかげかもな」
「どうして天音くんが出てくるの?」
目を丸くしながら聞き返すと、亜実望くんは得意げに答えた。
「糖質を制限すると、イライラすることがあるんだ。要するに、今の育は普段より攻撃的になっているってこと」
それって、あの男子にイライラをぶつけてしまったってことじゃ……。いや、和解できたみたいだし、結果オーライってことでいいよね?
「亜実望~、デリカシーのないこと言ってると、今度はお前がブチギレられるぞ」
遊くんがニヤニヤしながらからかうと、亜実望は「そういうつもりじゃ」と慌て始めた。その反応を見て、笑いが込み上げる。
「大丈夫だよ。亜実望くんには怒らないから」
亜実望くんはホッとしたようにため息をつく。空気が和らいだところで、遊くんが真剣な顔で私と向き合った。
「イライラはともかく、糖質をとらないとあちこちで不調が起こるんだ。めまいとか頭痛とか集中力の低下とか」
「それは……全部心当たりがあります」
どれも現在進行形で私の身体に起こっていることだ。背中を丸めて縮こまっていると、遊くんが言葉を続ける。
「天音だって三大栄養素の一人なんだ。ダイエットとはいえ、一切とらないのはやりすぎだ」
「そうだよね」
糖質をとらないデメリットは、身をもって理解した。糖質オフダイエットは、今の私には合っていないみたいから、やめにしよう。方向性が定まったところで、遊くんがビシッとこちらを指さす。
「つーわけで、うちに帰ったら天音の相手もしてやれ。いいなっ」
遊くんの言う通りだ。天音くんとも、ちゃんと向き合わないと。
糖質に依存性があるというのなら、付き合い方を見直せばいい。私を散々からかってきた男子とも和解できたんだ。天音くんとだって分かり合えるはずだよね。
それと……これはみんなには内緒だけど、天音くんと会えない日々はすごく苦しかったんだ。一緒にいるのが当たり前だったから、いなくなると心にぽっかりと穴が空いたような気分になるの。
もう限界だよ。顔が見たい、声が聞きたい。こんな風に思っているってことは、私も天音くんが好きってことだよね。
「天音くんとちゃんと話し合うよ」
そう約束すると、遊くんと亜実望くんは安心したように微笑んだ。
