糖質オフダイエットを始めてから一週間が経過した。

朝昼はサラダで軽く済ませて、夜はレストランで野菜と魚を中心としたメニューを出してもらっている。遊くんや椎南さんからは、白米も食べろって勧められるけど断っているんだ。痩せるまで糖質はとらないって決めたから。

ダイエットのおかげか、体重は二キロ減っていた。順調に痩せているはずなんだけど、最近は調子が悪いんだ。
授業中にぼーっとしちゃって先生の言っていることが頭に入って来ないの。疲れたように身体が重たいし。どうしちゃったんだろうね?

だけど痩せるためにはこれくらい我慢しなくちゃ。ひよこまんじゅうの汚名を返上して、詩織先生みたいなスレンダーな体型になるんだ!

天音くんは、相変わらず学校には来ていない。レストランに行っても、フロアに出てくることはなかった。そのことも気がかりなんだよね。
ひとまず、五キロ減に成功したら天音くんに会いに行こう。そのためにも早く痩せなきゃ!

放課後になると、B組で亜実望くんを捕まえる。

「亜実望くん、ランニングに付き合ってくれないかな?」
「お、おう。それは構わないけど……」

いつもならノリノリで付き合ってくれる亜実望くんも、今日はぎこちない。何か言いたげに口元をもぞもぞさせていた。

「どうしたの?」
「身体は大丈夫なのか?」

やっぱりそのことか。私がダイエットを始めたことで、みんなに心配かけちゃっているみたい。安心してもらうためにも、元気な姿を見せなくちゃ。

「大丈夫だよ! むしろ体重が減って調子が良くなったし」

グッと拳を握りながら明るく伝えると、亜実望くんは眉を下げながら頷いた。

「それならいいけど」

ランニングの約束をすると、遊くんを迎えにC組の教室に向かう。

「あれ? 遊くん、いないね」
「本当だな。どうしたんだ?」

教室を見渡しても、遊くんの姿は見当たらない。亜実望くんと顔を見合わせていると、オールバックの男子が駆け寄ってきた。

「獅子津さんは、野暮用があるからって先に帰りました。ご一緒しますって言ったんですけど、ひとりで行かねえと意味がないって断られてしまって……」

オールバックの男子は、しゅんと肩を落としている。その態度から遊くんを心配していることが伝わってきた。
野暮用って何だろう? 危ないことじゃないといいけど。

「まあ、遊は平気だろう。あいつはやわな男じゃないからな」
「そうだよね」

心配ではあったけど、亜実望くんの言葉を信じることにした。



運動着に着替えてから、家の前で準備運動をしていると、Tシャツ姿の亜実望くんがやって来た。

「待たせたな。準備運動したら走るか。俺はいつも五キロ走ってるけど」

五キロ!? そんなに走れるかな? いや、痩せるためにも頑張るんだ!

「お供します!」

力強く宣言すると、亜実望くんは眉を下げながら笑った。

「辛くなったらすぐに言えよ。無理はさせたくない」

亜実望くんのペースについていくのは大変だろうけど、精一杯頑張ろう。準備運動を終えると、亜実望くんに続いて走り出した。

タッ、タッ、タッ、タッーー
亜実望くんは、時々振り返りながらペースを調整してくれている。私を気遣ってくれているのが伝わってきた。苦しくないペースで走っていると、亜実望くんが話を切り出す。

「なあ、育。食育男子にとって、一番辛いことは何だかわかるか?」

一番辛いこと。なんだろう? 答えが見つからずにいると、亜実望くんは前を向いたまま答えた。

「それは、食べられないことだ」

ズキッと胸が痛む。それって天音くんのことを言っているんだよね?

「天音は、育に食べられなくなったことがよっぽどショックだったみたいだな。この一週間、部屋に引きこもって出てこなくなった。食事もみんなと顔を合わせることなく、ひとりで食べている」

まさかそこまでショックを受けていたなんて……。ひとりぼっちでご飯を食べている天音くんを想像すると、キリッと胸が痛んだ。

「天音は、育のことが大好きなんだ。前に話していたぞ。最初におにぎりを渡した時、美味しそうに食べてくれたのが嬉しかったって。そこから育のことがどんどん好きになったそうだ」
「それだけで?」

おにぎりを食べただけだよ? そんな些細なことがきっかけで、好きになってもらえるなんて。

「俺たちは、美味しく食べてもらうことが何よりも嬉しいんだ。俺だって……」

そこまで言いかけたところで、亜実望くんは言葉を詰まらせた。

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

亜実望くんの声は、いつになく焦ったように感じる。首を傾げながらグリーン公園の横を通り過ぎると、聞き慣れた声が飛んできた。

「お前の心ない一言で、あいつがどれだけ傷ついたと思ってんだ!」

荒々しい声に驚いて、足が止まる。あの声って、遊くん!?

「遊の声だ。行ってみるぞ!」
「うん!」

亜実望くんは、ダッシュでグリーン公園に飛び込む。私もその背中を追いかけた。