空き教室に飛び込んだところで、堪えていた涙がどっと溢れ出す。膝を抱えてしゃがみ込みながら、零れ落ちる涙を手の甲で拭った。

男子にからかわれたくらいで、泣くなんて情けないな。だけどね、こんなに傷ついているのには理由があるんだ。
実は最近、体重が増えたの。太ったっていうのは、本当なんだ。
見て見ぬふりをしていたけど、人から指摘されたということはよっぽどだ。みんなには、私がほっぺたパンパンのひよこまんじゅうに見えるんだ。

本当は詩織先生みたいにスレンダーなオトナになりたいのに。理想と現実があまりにかけ離れていて、目の前が真っ暗になった。

「どうしたら痩せられるんだろう?」

ポケットからスマホを取り出して「痩せる方法」と検索をかけてみる。スマホを眺めていると、とある記事が目に留まった。

「太りやすいのは、糖質依存のせい?」

気になって記事をクリックしてみると、驚くべき内容が書かれていた。

「糖質依存とは、甘いものを食べずにはいられない状態のこと。糖質を摂取すると幸せな気分になる物質が放出されるが、その効果は長続きしない。さらなる幸福感を求めて、より糖質が欲しくなる」

ネットの記事とこれまでの出来事を照らし合わせると、背中に冷たい汗をかく。

「もしかして私、糖質依存になっている? 天音くんから甘いものばかりもらっていたから……」

そういえば天音くんも、「僕に依存してよ」って言っていたような……。恐ろしい可能性に気付いて震えていると、勢いよくドアが開いた。

「育ちゃん!」

ハッと顔を上げると、息を切らした天音くんが立っていた。心配して追いかけて来てくれたんだ。こちらに駆け寄ってきた天音くんは、冷たくなった私の手を握りしめる。

「大丈夫、育ちゃんは太ってないから。今のままでも可愛いよ」

天音くんの手は、あったかくて心地良い。私が落ち込まないように励ましてくれているんだ。やっぱり天音くんは優しいね。

でもね、今はその優しさすら怖いんだ……。

「そうやって甘い言葉をかけて、私を依存させようとしているの?」

自分でもびっくりするほど、冷たい言葉が飛び出す。天音くんの表情は凍り付いていった。

「何言ってるの?」

こんなことを言ったら傷つけてしまうことも分かっている。だけど、言わずにはいられなかった。

「糖質って依存性があるんでしょ? 前に天音くんも、私を依存させたいって言っていたよね?」
「それは……!」

天音くんは、言葉を詰まらせる。否定しないんだ。じゃあホントってことだよね。

「僕は、育ちゃんが美味しそうに食べる顔が好きだから、ずっと見ていたくて……」

天音くんは、叱られた子どものように泣きそうな顔をしている。
美味しそうに食べる顔が見たいっていうのは本当なんだと思う。天音くんは、私を太らせようとしているわけじゃない。そんな意地悪な男の子ではないことは分かっている。

天音くんは、いつだって優しかった。私のことも大好きでいてくれた。天音くんに甘い言葉をかけられるたびに、不安が吹っ飛んで幸せな気分になれるんだ。

だからこそ、依存してしまいそうになるんだよ――

このままだと、きっと私はダメになる。甘いものを食べ過ぎて病気になってしまうかもしれない。それだけじゃない。天音くんの支えなしでは、生きられない子になっちゃうかもしれない。

私は、もっとしっかりしないといけないんだ。もう誰にも心配をかけないように。
これ以上、天音くんに甘やかされるわけにはいかない。私から、ちゃんと離れないと。

「ねえ、天音くん。これからは距離を置こうか。甘いものも、しばらく食べない」

これでいいんだ。これくらいはっきり言わないと、天音くんは離れてくれない。

「そんな……」

天音くんの顔がみるみる青ざめていく。よっぽどショックだったのだろう。
これ以上天音くんの顔を見ていたら、決意が揺らいでしまいそうだ。

「ごめんね」

胸の痛みに耐えながら、私は教室から飛び出した。



教室に戻ってからも、天音くんと口を利くことはなかった。天音くんは何か言いたそうにしていたけど、気付かないふりをした。

家に帰ってくると、力が抜けたようにソファーに倒れこむ。宿題をしないといけないのに、全然やる気が出ない。寝ころんだまま、ぼんやりとスマホを弄っていた。

「簡単に痩せられる方法って、ないかなぁ……」

スマホで検索をしていると、とあるダイエット記事を見つける。

「糖質オフダイエット?」

オフって、とらないってことだよね。糖質のせいで太ってしまったなら、逆にとらないようにすればいいってことかな?
糖質って甘いものだけでなく、白米やパンにも含まれるよね。それを全部とらないようにすれば、早く痩せられるかもしれない。

「今日から試してみよう」

一刻も早く痩せるためにも、糖質オフダイエットに挑戦することにした。