心配していた食育男子とのデートも、無事に終えることができた。みんなと仲良くなれたし、栄養素のことも学べたし、有意義な時間だったなぁ。上機嫌で家まで帰ってくると、思いがけない光景を目にする。

「え? 天音くん?」

門の前で天音くんが体育座りをしている。地面を見つめながら(うずくま)る姿は、どこか儚げで今にも消えてしまいそうな危うさがあった。私の声に反応した天音くんは、ゆっくり顔を上げて力なく微笑む。

「おかえり、育ちゃん」
「どうしたの!? こんなところで」
「待ってたんだよ。育ちゃんが帰ってくるのを」

待ってたって、いつから? 私が帰ってくるまでずっと? もしそうだとしたら、寂しい思いをしていたに違いない。
今回のデートは、天音くん以外の食育男子と仲良くなることを目的としていたから、天音くんは参加できなかった。理由があったにせよ、仲間外れにしてしまったのは申し訳ない。

「ごめんね、天音くん」
「ううん、いいんだよ。それより、デートは楽しかった?」
「うん。楽しかったよ。バーベキューをしたり、いちご狩りをしたり、水族館に行ったり。今度は天音くんも一緒に」

そこまで話したところで、天音くんの人差し指が私の唇に触れる。まるでそれ以上喋らなくていいと口封じするように。息をすることすらできずにいると、天音くんはスッと目を細める。

「育ちゃんが一番好きなのは、僕だよね?」

唇に指を押し当てられているせいで、喋ることができない。目を見開いたまま固まってると、天音くんは切なげに微笑んだ。

「育ちゃんを待っている間、胸の中に黒いものが渦巻いていたんだ。多分、嫉妬しているんだと思う。こんな感情になったのは初めてだよ」

嫉妬という言葉を聞いて、きゅっと胸が締め付けられる。
なんだろう、この気持ち……。天音くんに寂しい思いをさせてしまったのは申し訳ないんだけど、罪悪感とは別の感情もある。胸の奥がくすぐったくなるような不思議な感覚。
天音くんは唇から手を離すと、私の手首を掴んでぐいっと引き寄せる。

「天音くん!?」

バランスを崩して、天音くんにすっぽり身体を預ける体勢になる。離れようとしたものの、背中に手を回されて阻まれた。こんな近くにいたら、心臓が暴れまわっているのがバレちゃうよ。突き放すこともできずにいると、背中に回された手に力がこもる。

「僕ね、育ちゃんが帰ってくるまで、ずっといい子で待ってたんだよ。だからご褒美がほしい」
「ご褒美って?」

ドキドキしながら言葉を待っていると、天音くんは耳元に顔を寄せた。

「今夜は育ちゃんを独り占めしたい」

ゾクッと肌が粟立つ。いつもより低い天音くんの声が全身に駆け巡った。
独り占めってどういうこと? 頭が真っ白になっていると、背中に回された腕が解かれる。正面で向き合うと、天音くんは黒い笑みを浮かべた。

「ホットケーキでもドーナッツでも、育ちゃんの好きなものを何でも作ってあげる。だからさ、一緒にいよ?」

今日の天音くんは、ちょっと変だ。だけど一緒にいようと言われた瞬間、ときめいている自分がいた。

そうだよね。二日間も離れていたんだもん。私も、天音くんと一緒に……。
危うさを感じながらも、甘いお誘いからは逃れることができなかった。