その後もいくつかの品種を食べ比べながら楽しくいちご狩りをした。最終的には二十個も食べちゃったよ。さすがに食べすぎかな。
お腹いっぱいになっていちご農園を出ると、今度は紫生さんに声をかけられる。

「次は僕が育さんをご案内いたしますね」
「は、はい!」

紫生さん、相変わらずカッチリしているなぁ。こっちも身構えちゃうよ。
次はどこに行くんだろう? 紫生さんって、カルシウムが擬人化した食育男子だから、魚をたらふく食べさせられるとか? いちごでお腹いっぱいになったばかりだから、それはキツイなぁ。あれこそ予想しながら電車に揺られていると、意外な場所に到着した。

「水族館!?」

やって来たのは、デートで行きたい場所トップ3に入る大型水族館だ。この水族館、ずっと行きたいと思っていたんだよね!

「育さんは魚を食べるのはお嫌いなようですが、見るのは平気ですか?」
「もちろん!」

嫌いでないことが分かると、紫生さんはホッとしたように胸を撫で下ろした。

「では、カルシウムの宝庫である海の世界へご案内いたします」

胸に手を添えながら穏やかに微笑む紫生さんは、王子様のように見えた。いや、(みやび)な雰囲気があるから、旦那さまの方が近いかも? そんなことを考えながら、紫生さんの後に続いた。

館内に入ってからは、椎南さんとは別行動をとることになった。多分、紫生さんを気遣っての行動なんだと思う。椎南さん、やっぱりオトナだ。
紫生さんと二人きりになるのは緊張するけど、館内に入るとそんなのは気にならなくなった。

「キレイな魚がいっぱい!」

薄暗い館内には、巨大な水槽がずらりと並んでいる。カクレクマノミやナンヨウハギもいるよ!

「見ているだけで癒される~」

うっとりしながら水槽を覗いていると、隣にいる紫生さんに注目されていることに気付いた。んん? なんだろう?

「紫生さん。私じゃなくて、魚を見たらどうです?」

目をぱちぱちさせながら指摘すると、紫生さんはハッとしたように水槽に視線を向けた。

「し、失礼いたしました」

暗くてよく分からないけど、紫生さんの耳が真っ赤に染まっているような……。普段は冷静な紫生さんが照れているなんてレアだなぁ。
南国の魚たちのコーナーを過ぎると、天井までつながる巨大な水槽が現れた。

「すごい! 海の中に潜ったみたい」

青白い光に照らされた水槽では、大小さまざまな魚が泳いでいる。一匹で気ままに泳ぐ大きな魚もいれば、キレイに整列して泳ぐ小さい魚もいる。海の魚たちをそのまま水族館まで運んできたみたいだ。夢中で水槽を眺めていると、穏やかな声が聞こえてきた。

「……本当に可愛らしい方ですね」

ゆっくりと視線を隣に移すと、紫生さんが穏やかに微笑んでいた。深い海のような瞳は、見ているだけで吸い込まれそう。しばらく見つめ合っていると、紫生さんがハッとしたように視線を逸らす。こほんと咳払いをしてから、巨大水槽を指さした。

「この水槽にいるのは、食卓でもお馴染みの魚です」

紫生さんが真面目に解説を始める。そういえば、何の魚が泳いでいるのかは分からなかったんだよね。

「食べられる魚ってことですか?」
「その通りです。アジ、サバ、スズキ、イワシなどが飼育されています」

パネルを見ずにスラスラと解説している。紫生さん、魚に詳しいんだ。

「……って待ってください! イワシもいるんですか?」

まさか大嫌いなイワシも泳いでいるなんて。顔をしかめていると、紫生さんはキレイに整列して泳ぐ魚を指さした。

「あの群れで泳いでいる魚がイワシですよ」
「ええ!? あれが?」

銀色に輝きながら力強く泳いでいる魚がイワシなんて……。イワシってあんなにキレイな魚だったんだ。

「イワシは見た目も美しいですが、中身も素晴らしいんですよ。骨や歯を作るのに欠かせないカルシウムが豊富に含まれています。カルシウムの吸収を助けるビタミンDも含まれているので、効率よくカルシウムを摂取できます」
「キレイなだけじゃないんですね」

骨を作るためにも必要な食材ってことか。ん? ということはだよ……。私は、背伸びをして紫生さんの耳元でコソッと尋ねる。

「イワシを食べれば、背も伸びますか?」

背が低いことは、私にとって深刻な悩みだ。耳元で話しかけられてびっくりしていた紫生さんだったけど、相談内容を把握すると穏やかに微笑んだ。

「イワシに限らず、カルシウムを摂取すれば背も伸びますよ」

それを聞いて安心した。チビとからかわれないためにも、カルシウムをとらないといけないね! だけど、食卓に並んだイワシを思い出すと、決意が揺らいでいく。

「カルシウムが身体に必要なことは分かったんですけど、やっぱり魚って苦手なんですよね……」

こんなことを言ったら、紫生さんを悲しませてしまうかな? チラッと反応を伺うと、紫生さんは顎に手を添えながら考え込んでいた。

「育さんは、魚のどんなところがお嫌いですか?」
「えっと、骨があるところです」

魚の小骨が口の中でグサグサ刺さる感覚が苦手なんだよね。全部取ったと思っても、残っていることがあるし。

「なるほど。それなら調理方法を変えれば食べられるかもしれません。刺身やつみれにしてみてはどうでしょう?」

お刺身は骨がないから食べられる。お味噌汁に入っているつみれも嫌いじゃない。

「そっか。調理方法を変えれば、私も魚を食べられるんだ」

解決策を見つけたところで、紫生さんは私と向き合う。深い海のような瞳に捉えられると、バクンと心臓が跳ね上がった。

「たとえ嫌われていようとも、歩み寄れるように努力いたします。なので育さん、お傍にいさせてくれませんか?」

幻想的な巨大水槽の前で、誠実な言葉を告げられる。真剣に訴える紫生さんを見ていると、カアアと顔が熱くなった。

こ、こんなのプロポーズみたいだよ~!