サッカーをしている亜実望くんを眺めていると、遊くんが隣にやって来た。

「亜実望はどこ行った?」
「子どもたちとサッカーしてるよ」

ほら、と指さすと、遊くんは「ああ~」と嘆きながら頭をかいた。

「あのバカ……なんで勝手に遊んでんだよ。デートだって言ったのに」
「私が行ってきていいよって言ったんだよ」

そう説明すると、遊くんは複雑そうに目を細めた。

「まあ、育がそれでいいなら、構わないけど……」

納得してもらえたところで、スマホの着信音が鳴る。私のじゃないなと思っていると、遊くんがパーカーのポケットからスマホを取り出した。

「もしもし? んだよ、椎南かよ。……あ? 何してるって、バーベキューだけど。うるせえなぁ、今日くらい肉で腹いっぱいにしたっていいだろ。……あーあ、分かったよ。野菜も食えばいいんだろ!」

椎南さんから電話がかかってきたみたいだけど、ちょっと揉めてるのかな? 遊くんは通話を終えると、「はああ~」とうんざりしたようにため息をつく。

「椎南が野菜も食えってうるせえから焼いてやるか」

あ、焼いてくれるんだ。助言してくれた椎南さんには、感謝しないといけないね。
輪切りにした玉ねぎを焼いている遊くんを眺めながら、あることを指摘してみる。

「遊くんは、俺だけを食べろって言わないんだね」

他の食育男子は、自分の栄養素が含まれている食材を猛烈にプッシュしてくる。天音くんなんか特にそうだ。僕だけでお腹を満たして、なんて言ってくることさえある。

だけど遊くんは、他の食材も勧めてくれる。今だって、なんだかんだ言いながらも玉ねぎを焼いているし。身勝手そうに見えるけど、案外周りのことを考えて行動する人なのかな? 疑問に思っていると、遊くんはぎこちなく笑った。

「脂質はとりすぎると、肥満や糖尿病の原因になるからな。俺とばかりつるんでいると、お前に悪影響を及ぼす。だからほどほどの距離感で付き合うって決めてんだよ」

それって、私を気遣って一歩引いてくれてるってこと? 遊くんに、そんな一面があるなんて思わなかった。

「俺は、栄養素の中でも嫌われものだ。メタボになりたくないから脂質を控えるとか、脂質をとりすぎたせいで怖い病気になったとか。若い頃は好き好んで食ってたくせに、調子が悪くなったら手のひらを返すように悪者にしてくる。そういうの、もううんざりなんだよ」

視線を落とした遊くんは、寂しそうな目をしていた。その横顔に、ぎゅっと胸が締め付けられる。

「育も、俺とは関わり過ぎない方がいい。肉とか魚とか食っていれば、脂質もほどほどに摂取できるから。たまに油っこいもの食いてえなってなった時に、俺を呼んでくれればいいから」

遊くんは、ずっと悪者のように扱われて傷ついてきたんだ。学校で悪ぶっているのは、その反動なのかもしれない。
怖いと思っていた遊くんの弱い部分に触れた気がした。そんな姿を見せられたら、放っておけないよ。

「私は、遊くんが悪者だとは思っていないよ」

遊くんは驚いたように目を見開く。自信を取り戻してもらえるように、自分なりの考えを伝えた。

「脂質って、三大栄養素のひとつなんでしょ? 身体を動かすためには欠かせない栄養素だって聞いたよ。それって遊くんも必要とされているってことなんじゃないの?」

食育の授業を思い出しながら尋ねる。三大栄養素に脂質が含まれているなら、身体に必要な栄養素ということだよね。

「脂質はエネルギーを作り出す材料になるからな。三大栄養素の中でも、エネルギーを生み出す力は一番高いんだ。1グラムあたりのカロリーは、糖質の約二倍だぜ」
「二倍? 凄いね!」

素直に感心していると、遊くんの表情が少しずつ明るくなる。

「それだけじゃねーぞ。脂質は体内で脂肪として蓄えることができるんだ。普段は骨や内臓を守ってるんだけど、非常時にはエネルギー源にもなる」
「それって、ピンチの時に助けてくれるヒーローみたいだね!」

強い敵と戦ってボロボロになっていた時、颯爽と助けにくる遊くんの姿が目に浮かんだ。それって、凄く格好いいじゃん!

「ヒーロー。そんなの初めて言われた」

遊くんは、びっくりしたように目を丸くしている。学校では、ヤンキーだの総長だの言われていたから、ヒーローなんて言われたのは初めてだったのかもしれない。驚いていた遊くんだったが、みるみるうちに顔が赤くなっていく。もしかして、照れてる?

「俺も、育の……になりたい」
「えっ? なに?」

声が小さすぎて聞こえなかった。聞き返したものの、真っ赤になった遊くんに怒鳴られてしまう。

「んでもねーよっ! ほら、さっさと食え! マヨネーズも持ってきたからかけてやる」
「ええっ? いいよ!」
「遠慮すんな」

あっという間に皿を奪われ、肉にマヨネーズをかけられる。あーあ、かけすぎだって……。

「ほら、食え」
「はい……」

突き出されたマヨネーズまみれの肉を、恐る恐る口にする。やっぱりマヨネーズの味しかしないよ。せっかくの肉が台無しだ……。
半べそかきながら食べていると、遊くんが視線を逸らしながらボソッと呟く。

「……ピンチの時には、俺が助けに行くから」

箸を止めて、遊くんを見つめる。その横顔は、燃え上がりそうなほど真っ赤になっていた。その姿を見て、思わず頬が緩む。
悪ぶっていて、強引なところもあるけど、君は誰かのヒーローになれる男の子だよ。