重苦しい空気の中、遊くんが「チッ」と舌打ちをした。

「こうなったら、育に好きになってもらえるように、アプローチするしかねえな」
「アプローチ!?」

思いがけない言葉が飛び出して、大声で聞き返す。突拍子のない提案に思えたが、紫生さんは顎に手を添えながら頷いていた。

「それは妙案ですね。育さんに僕たちの魅力を伝えましょう」

さ、賛成なんですか? 椎南さんにも視線を向けると、目を据わらせながら頷いていた。

「そうだな……好きになってもらわないことには、何も始まらないからな」

隣にいる亜実望くんもやる気満々だ。

「よし! 育に俺の魅力を伝えるぞ!」

頼みの綱の天音くんにも視線を向ける。天音くんはきょとんとしながら首を傾げた。

「アプローチって、具体的にどうするの?」
「そうだなぁ……。デートするのが手っ取り早いだろうな」

遊くんの言葉を聞くと、天音くんはパアアと表情を輝かせる。

「いいじゃん! 育ちゃんとデート、楽しそう」

天音くんもノリノリだ。この流れを止めてくれる人はいなくなってしまった。上機嫌の天音くんだったが、遊くんの一言で雲行きが変わる。

「言っとくけど、お前の順番は回ってこないぞ、天音」
「ええっ? なんで?」
「当たり前だろ! お前以外の食育男子の魅力を伝えるための作戦なんだから」

自分がデートに行けないと分かると、天音くんはむーっと頬を膨らませる。

「育ちゃんが他の男子とデートに行くなんてヤダ」

駄々をこねる天音くんをなだめるように、紫生さんが冷静に諭す。

「天音さんは、学校でも育さんと一緒ですよね。僕たちは、育さんと関わる機会が少ないんです。僕たちのことを知ってもらうためにも、今回は譲っていただけませんか?」
「でも……」
「お願いします。これも育さんのためですから」

紫生さん、オトナだ……! 譲ってほしい理由もちゃんと説明している。筋の通った説明を受けると、天音くんは渋々と頷いた。

「……わかったよ」

納得してくれたようだ。話がまとまってホッとしたのも束の間、すぐに現実に引き戻される。

「待ってください。それって、私がみんなとデートするってことですか?」
「ああ、そうだぜ」

遊くんが頷くと、サッと顔が青ざめる。
私、男の子とデートした経験なんて、ないんですけど! こ、心の準備が……。
パニックになっていると、遊くんがにやりと挑発的に微笑みながら、私の正面までやって来た。身構えていると、くいっと顎を持ち上げられる。

「デートで俺らのことを好きにさせてやるから、覚悟しておけよ」

ちょっと、遊くん!? 一歩間違えば、キスしちゃいそうな距離なんですけど?
ぷしゅーっと頭が沸騰しそうになっていると、天音くんが私の腕を引っ張る。

「距離感おかしいのはそっちじゃん。育ちゃんに悪いことしたら許さないからね」

遊くんを睨みつけながら、私の腕をぎゅうぎゅうと掴んでいる。痛いよ、天音くん。
またしても喧嘩が始まりかけている。もう、勘弁して……。

私が天音くんとばかり仲良くしたせいで、食育男子たちが仲間割れしてしまった。関係を修復させるためにも、みんなとバランスよく仲良くしないと。