「そこまでだぁ!」

ビクンと肩が飛び跳ねる。恐る恐る振り返ると、遊くんがこちらを睨みつけていた。その隣には亜実望くんもいる。

「抜け駆けは禁止だぞ、天音」

ビシッと指さしがなら注意する亜実望くん。その表情は真剣そのものだ。二人が乱入したことで、さっきまでの甘い空気が消えていった。

「もうっ、邪魔しないでよ。遊くん、亜実望くん」
「邪魔するに決まってるだろ! お前に育を独占させるわけにはいかない」

むーっと頬を膨らませる天音くんに、ガンを飛ばす遊くん。まさに一触即発だ。見ているだけでハラハラする。

「喧嘩はやめようよ」

仲裁に入ろうとしたところで、椎南さんと紫生さんもやって来た。

「やっぱりここにいたのか、天音。嵐の中、飛び出してどこに行ったのかと思ったら」
「おおかた停電の最中、ひとりで過ごす育さんが心配になって様子を見に来たのでしょう」

冷静に話に加わる。やっぱりこの二人はオトナだ。
五人揃っても、天音くん、遊くん、亜実望くんは言い争いを続けていた。

「僕は育ちゃんがトクベツに好きなんだ! だから独り占めしたい」
「ダメだ! お前、自分の役割を忘れたのか?」
「遊の言う通りだ。俺たちはバランスよく愛してもらわなければ意味がない」

バチバチと火花を散らす三人をハラハラしながら見ていると、遊くんがギロッと私を睨みつけた。

「おい、育! お前も天音に依存しすぎだ!」
「い、依存!?」

たしかに天音くんとは同じクラスだから一緒にいる機会は多いけど、依存しているわけじゃないと思うよ。否定したところで、天音くんが黒い笑顔を浮かべる。

「いいじゃん。育ちゃん、僕に依存してよ」

ええ……。天音くんまで……。

「そんなの認めるわけにはいかねぇ!」
「いやだ! 僕は育ちゃんとずっと一緒にいるんだ!」

フウウッと猫のように威嚇する遊くんと、キャンキャンと犬のように吠える天音くん。今にも飛び掛かって喧嘩を始めそうな二人を、亜実望くんが抑え込んでいる。

「落ち着け、天音。なにも離れろと言っているわけじゃない。適切な距離で仲良くなれと言っているんだ」

亜実望くんに諭されても、不服そうにしている天音くん。この状況、どうしたら……。困惑していると、天音くんにうるうるした瞳で見つめられた。

「育ちゃんだって、僕とずっと一緒にいたいでしょ? 寂しい時も傍にいてあげるよ」

うう……。そんな目で見ないでよ。そうだね、ずっと一緒にいようねって言いたくなっちゃうじゃん!
どうしたものかと悩んでいると、別の場所で新たな問題が発生した。

「これはさっき渡した弁当か。ちょうどいいから弁当箱を回収するな」

椎南さんがダイニングテーブルに置きっぱなしになったお弁当に近付いている。
マズイ! 蓋を開けられたら、食べていないことがバレちゃうよ。

「待ってください!」

止めたものの、椎南さんはパカッとお弁当箱の蓋を開けてしまった。

「なっ……手を付けていない……だと……」
「なんですって?」

あーあ、バレちゃった……。お弁当の蓋を持った椎南さんの手は、ガタガタと震えている。隣に駆け寄ってきた紫生さんも、「あぁ……」と口元を押さえながら悲しそうな顔をしていた。こうなってしまっては仕方ない。素直に謝ろう。

「ごめんなさい。せっかく用意してもらったのに。実はピーマンとイワシが嫌いで食べられなかったんです」

頭を下げて謝ると、悲壮感が漂う声が聞こえてきた。

「嫌い……。そうか、育ちゃんは俺のことが嫌いなのか……」

椎南さんがフラフラと壁際に歩いていく。そのまま隅っこで体育座りをしてしまった。
椎南さん? いつもはしっかり者のお兄さんなのに、今は負のオーラをまとっているんですけど? 紫生さんに視線を向けると、やれやれと肩をすくめた。

「椎南さんは傷つきやすいんです。ビタミンCは、熱や光などの影響で壊れやすい栄養素ですからね」
「そ、そうなんですか?」

知らなかった。ビタミンCってデリケートなんだね。

「ちなみに僕だって、嫌いなんて言われたら傷つきますよ。イワシのマリネは、圭太さんにも手伝ってもらいながら、愛情込めて作ったので」

そうだよね。みんな一生懸命作ってくれたのに、嫌いなんて言ったら失礼だよね。

「ごめんなさい。お弁当、ちゃんと食べます」
「別に無理して食べなくていいよ。そんなことしたら、余計に嫌いになりそうだし……」

壁際の椎南さんが、ボソッとぼやく。すっかりネガティブモードに入ってしまったようだ。ズーンと落ち込む椎南さんを、亜実望くんが肩を叩いて熱心に励ます。

「元気出せ、椎南! ビタミンCが含まれる野菜は、肉料理の添え物としても欠かせないぞ」

そうだよね。肉料理には、ブロッコリーとかほうれん草が添えられているもんね。

「ははっ……俺なんてメインディッシュの添え物だもんな。パセリと一緒に捨てられるような男さ」

ダメだ。逆効果だ……。そういえば、ビタミンCは熱にも弱いって言っていたっけ? 亜実望くんの熱のこもった励ましは、今の椎南さんには効かないってことか。