急いでドアを開けると、びしょ濡れになった天音くんが立っていた。
「ど、どうしたの、天音くん? こんな嵐の中」
じっとり濡れた髪がおでこに張り付いている。制服のシャツもびしょ濡れで、中に着ているインナーが透けていた。スニーカーだってぐしょぐしょだ。ビックリしていると、天音くんがいつになく真剣な表情を浮かべた。
「育ちゃんが雷を怖がっていないか心配になって、様子を見に来たんだ。停電もしたみたいだし」
心配してわざわざ来てくれたの? この嵐の中?
「とにかく、中に入って。そこにいたら濡れちゃうから」
「うん」
天音くんは、濡れた前髪に触れながら頷いた。
服も髪もびしゃびしゃだ。このままだと風邪をひいてしまう。
「待っててね、タオルを持ってくるから」
タオルを取りに行こうと振り返った瞬間、またしても雷の音が鳴り響く。
「きゃあっ!」
咄嗟に耳を塞いでしゃがみ込む。本当に嫌だ。雷なんてどっかに行ってよ。
ぎゅっと目を閉じながら震えていると、背中に温もりが伝わった。振り返ると、天音くんが私の背中を撫でてくれている。
「大丈夫。僕が傍にいるから」
優しい言葉をかけられると、恐怖が薄れていく。安堵からか、再び涙が滲んだ。
本当はもっとしっかりしないといけないのに、天音くんの前だと気が緩んでしまう。
もういっそ、苦しみを全部吐き出してしまいたい。天音くんなら、笑わずに聞いてくれるような気がした。
「ねえ、天音くん。聞いてくれる?」
「うん。聞くよ」
優しい声が届く。寄り添ってもらえたことで、胸の奥底に押し込めていた思いが溢れ出した。
「お母さんのお葬式の日もね、雷の日だったんだ。雷の音を聞くと、あの日のことを思い出しちゃうの」
町ごと破壊してしまいそうな雷の音。窓ガラスに打ち付ける雨の音。みんなのすすり泣く音。ポクポクと叩かれる木魚の音。
雷の音を聞くだけで、あの日聞いた音を思い出してしまうんだ。大切な人がいなくなってしまったことを思い知らされるような、とても悲しい音が……。
「情けないよね。本当はもっとしっかりしないといけないのに。そうじゃないとまたみんなに心配かけちゃう……」
きっと私は、一生分の心配をかけてしまったんだと思う。お母さんが死んじゃってから、たくさんの人に心配をかけてしまったから。
親戚のおじさんおばさんにも、ご近所さんにも、学校の先生にも、クラスメイトにも。優しい人たちに支えてもらえたのは嬉しかったんだけど、同時に苦しくもあった。
これ以上みんなに心配をかけたら、きっと罰が当たる。もう大丈夫だよって伝えるためにも、しっかりしないといけないんだ。
手の甲で涙を拭っていると、天音くんにぎゅっと背中を抱きしめられた。思いがけない展開に固まっていると、優しい声で囁かれた。
「育ちゃんは優しいね。みんなに心配かけないように、しっかりしなきゃって頑張っていたんだね」
雨で冷たくなったシャツの下から、肌の温もりが伝わる。背中に伝わった熱は、身体中に巡って凍り付いた心をじんわりと溶かしていった。
肩から回されている腕は、想像していた以上に逞しい。筋肉も付いているし、力だって強い。そのことで天音くんも男の子なんだと思い知らされた。
「僕の前では、しっかりしなきゃって思わなくてもいいよ。怖いものは怖くたっていいし、嫌いなものは嫌いでいい」
銀色の髪から、甘い香りが漂ってくる。お菓子のような優しい香り。その香りに心が癒された。
「約束するよ。僕はどこにも行かない。ずっと育ちゃんの傍にいるから」
どうして天音くんは、私の欲しい言葉をくれるんだろう? それも食育男子のチカラなの? 理由は分からないけど、天音くんの言葉で震えが止まった。
ありがとう。君のおかげで、私は救われたよ――
「ど、どうしたの、天音くん? こんな嵐の中」
じっとり濡れた髪がおでこに張り付いている。制服のシャツもびしょ濡れで、中に着ているインナーが透けていた。スニーカーだってぐしょぐしょだ。ビックリしていると、天音くんがいつになく真剣な表情を浮かべた。
「育ちゃんが雷を怖がっていないか心配になって、様子を見に来たんだ。停電もしたみたいだし」
心配してわざわざ来てくれたの? この嵐の中?
「とにかく、中に入って。そこにいたら濡れちゃうから」
「うん」
天音くんは、濡れた前髪に触れながら頷いた。
服も髪もびしゃびしゃだ。このままだと風邪をひいてしまう。
「待っててね、タオルを持ってくるから」
タオルを取りに行こうと振り返った瞬間、またしても雷の音が鳴り響く。
「きゃあっ!」
咄嗟に耳を塞いでしゃがみ込む。本当に嫌だ。雷なんてどっかに行ってよ。
ぎゅっと目を閉じながら震えていると、背中に温もりが伝わった。振り返ると、天音くんが私の背中を撫でてくれている。
「大丈夫。僕が傍にいるから」
優しい言葉をかけられると、恐怖が薄れていく。安堵からか、再び涙が滲んだ。
本当はもっとしっかりしないといけないのに、天音くんの前だと気が緩んでしまう。
もういっそ、苦しみを全部吐き出してしまいたい。天音くんなら、笑わずに聞いてくれるような気がした。
「ねえ、天音くん。聞いてくれる?」
「うん。聞くよ」
優しい声が届く。寄り添ってもらえたことで、胸の奥底に押し込めていた思いが溢れ出した。
「お母さんのお葬式の日もね、雷の日だったんだ。雷の音を聞くと、あの日のことを思い出しちゃうの」
町ごと破壊してしまいそうな雷の音。窓ガラスに打ち付ける雨の音。みんなのすすり泣く音。ポクポクと叩かれる木魚の音。
雷の音を聞くだけで、あの日聞いた音を思い出してしまうんだ。大切な人がいなくなってしまったことを思い知らされるような、とても悲しい音が……。
「情けないよね。本当はもっとしっかりしないといけないのに。そうじゃないとまたみんなに心配かけちゃう……」
きっと私は、一生分の心配をかけてしまったんだと思う。お母さんが死んじゃってから、たくさんの人に心配をかけてしまったから。
親戚のおじさんおばさんにも、ご近所さんにも、学校の先生にも、クラスメイトにも。優しい人たちに支えてもらえたのは嬉しかったんだけど、同時に苦しくもあった。
これ以上みんなに心配をかけたら、きっと罰が当たる。もう大丈夫だよって伝えるためにも、しっかりしないといけないんだ。
手の甲で涙を拭っていると、天音くんにぎゅっと背中を抱きしめられた。思いがけない展開に固まっていると、優しい声で囁かれた。
「育ちゃんは優しいね。みんなに心配かけないように、しっかりしなきゃって頑張っていたんだね」
雨で冷たくなったシャツの下から、肌の温もりが伝わる。背中に伝わった熱は、身体中に巡って凍り付いた心をじんわりと溶かしていった。
肩から回されている腕は、想像していた以上に逞しい。筋肉も付いているし、力だって強い。そのことで天音くんも男の子なんだと思い知らされた。
「僕の前では、しっかりしなきゃって思わなくてもいいよ。怖いものは怖くたっていいし、嫌いなものは嫌いでいい」
銀色の髪から、甘い香りが漂ってくる。お菓子のような優しい香り。その香りに心が癒された。
「約束するよ。僕はどこにも行かない。ずっと育ちゃんの傍にいるから」
どうして天音くんは、私の欲しい言葉をくれるんだろう? それも食育男子のチカラなの? 理由は分からないけど、天音くんの言葉で震えが止まった。
ありがとう。君のおかげで、私は救われたよ――
