放課後。天音くんと校門を出たところで、遊くんと亜実望くんが追いかけてきた。

「おい、俺たちを置いていくんじゃねーよ」
「育、一緒に帰ろうぜ!」

キッとこちらを睨みつける遊くんに、ニカッと明るく微笑む亜実望くん。そんな彼らの顔を交互に見比べる。

「二人とも用事は? 遊くんは総会で、亜実望くんはサッカー部の助っ人を頼まれていたんじゃ……」

今朝、みんなで登校する時に、そんな話をしていた記憶がある。すると、遊くんが「チッ」と舌打ちをしながら空を見上げた。

「今日は荒れそうだから中止にした」

遊くんにつられて空を見上げると、どんよりとした分厚い雲で覆われていた。

「サッカー部の練習試合も中止になった。雨が降る前にさっさと帰るぞ」

亜実望くんの言う通りだ。これは早く帰った方が良さそうだね。

レストランの前までやってくると、椎南さんと鉢合わせる。外に出ている黒板スタンドを店の中にしまおうとしているようだ。
私たちの姿を見つけると、椎南さんは爽やかに微笑んだ。

「おー、みんなおかえり。雨が降り出す前に帰って来られて良かったな」
「しいくん、今日は店じまい?」

天音くんが黒板スタンドを指さしながら尋ねると、椎南さんは力なく笑う。

「ああ、今夜は嵐が来るみたいだから、早めに店を閉めようと思って」
「え? そうなんですか?」

いつものようにレストランで食事をしようと思っていたんだけど、店じまいなら仕方ないね。

「それじゃあ、今日は帰りますね」

ぺこっとお辞儀して帰ろうとしたところで、椎南さんに引き留められる。

「育ちゃん、待って待って。弁当作ってるから」
「お弁当?」
「家で食べられるように作っておいたから、持って帰って」

それはありがたい! 両手を合わせて感激していると、椎南さんが店の中に向かって叫んだ。

「おーい。瑛太(えいた)圭太(けいた)、育ちゃんの弁当持ってきてくれ~」

すると店の中が騒がしくなる。バタバタと足音が聞こえた後、目がぱっちりな男の子が顔を出した。赤茶色の髪で、可愛らしい雰囲気の男の子だ。

「あいよ、兄ちゃん。弁当持って来たぞ」
「……わかめスープも持って来た」

後ろには、緑髪の男の子も立っている。表情が乏しく、大人しそうな印象だ。
初めて対面する男の子たちに戸惑っていると、椎南さんが紹介してくれた。

「こいつらは弟の瑛太と圭太だ。赤茶色のおかっぱがビタミンAの瑛太。緑髪の不愛想な方がビタミンKの圭太だ」

そういえば、椎南さんには兄弟がいるって言ってたっけ。たしかビタミン兄弟って言っていたような。
納得していると、瑛太くんにじーっと見られていることに気付く。ぱっちりとした赤い瞳は、見ているだけで吸い込まれそうだ。

「おめめぱっちりだね」
「まあな。ビタミンAは目の健康を維持するビタミンだからな。目力なら誰にも負けない」

たしかに目力が強い。眩しい視線に耐え切れず、目を逸らしてしまった。すると、瑛太くんはニカッと笑う。

「よっしゃ! 俺の勝ちぃ~」
「今の勝負だったの?」
「そうだぞ。先に目を逸らしたほうが負け」

知らなかった。勝負が始まっていたなんて。
苦笑いを浮かべていると、緑髪の圭太くんにスープジャーを手渡される。

「……スープあげる。わかめにはビタミンKが豊富に含まれているよ」

説明までしてくれた。私はありがたくスープジャーに手を伸ばす。

「ありがとう」

スープジャーを受け取ろうとした時、一瞬だけ圭太くんと手が触れ合った。

「あ、ごめんね」

謝りながらスープジャーを受け取ったものの、圭太くんは手を差し出したまま石像のように固まってしまった。

「圭太くん、どうしたの?」

慌てて声をかけると、椎南さんが「あちゃ~」とおでこを押さえた。

「圭太は想定外のことが起こると固まるんだ。育ちゃんと手が触れ合って、緊張したんだろう」
「ビタミンKの『K』は、ドイツ語の『凝固』が由来しているからな。血液を固めて出血を止める働きがあるんだ。まあ、圭太は血液どころか全身が固まるけどな」

瑛太くんが腕組みをしながら説明してくれた。
なるほど。食育男子は、それぞれの栄養素の特性が見た目や性格に影響しているのか。
ということは、天音くんたちも栄養素の特性が現れているのかな? 栄養素の勉強をすれば、みんなのことももっと分かるのかも?

「ん? どうしたの、育ちゃん」

ぼんやり考えていると、天音くんに顔を覗き込まれる。そこでハッと我に返った。

「ううん、何でもないよ! お弁当箱は、明日洗って返すね」

私はお弁当を両手で持って、ダッシュで家まで帰った。

天音くん、気付いたら傍にいるからビックリするんだよね。距離も近いし……。
加速した心臓を押さえながら、小さくため息をついた。