A組の教室に戻ってくると、天音くんが駆け寄ってくる。

「育ちゃん、どこ行ってたの? おいてかないでよ~」

むっと頬を膨らませながら拗ねる天音くん。もしかしたら、寂しい思いをさせてしまったかな?
転校初日で、クラスには私しか知り合いがいないんだ。私がしっかりフォローしてあげないと。

「ごめんね。亜実望くんと遊くんの様子を見に行っていたの」
「あ、そうなんだ。二人とも上手くやれてた?」
「う、うん。それなりに……。クラスメイトに囲まれていたし」

遊くんは上手くやれていたかは怪しいけど……。

「そっかぁ。二人とも人気者なんだね」
「そういう天音くんだって」

ついさっきまでクラスメイトに囲まれていた。今だって女の子からの熱烈な視線を受けてるよ。本人は気付いていないようだけど。

「僕は育ちゃんといる時間が好きだけどね。学校に来たのだって、育ちゃんとずっと一緒にいたかったからだし」
「そ、そうなの?」

わざわざ転校してきたのって、私とずっと一緒にいるため? なぜか分からないけど、天音くんにはすっかり懐かれてしまったみたい。

「僕と育ちゃんはずーっと一緒。これからも僕の傍から離れないでね」

にっこりと微笑みかけられる。可愛らしいお願いのようにも聞こえるけど、その言葉からは圧のようなものを感じた。

天音くん、甘えているだけだよね? そうだよね?
口元を引き攣らせていると、チャイムが鳴り響く。

「席に戻らないと。行こう、天音くん」
「うんっ」

急いで席に着くと、教室に詩織先生がやって来た。

「この時間は、食育の授業をします。大事なお話なので、きちんと聞いてくださいね」

そういえば三時間目は特別授業だった。すっかり忘れていたよ。

食育男子が転校してきた日に食育の授業なんてタイミングがいいなぁ。天音くんも、得意分野だからか目を輝かせているし。
みんなが静かになったタイミングで、授業が始まった。

「私たちは、食べ物から栄養を摂取して身体を動かしています。とくに成長期は身長を伸ばしたり筋肉をつけたりするために、バランスの良い食事を心がける必要があります」

その話は、前にも詩織先生から聞いた。うんうんと頷いていると、授業は進んでいく。

「食べ物に含まれる栄養素の中でも、エネルギーを作り出すために欠かせないものが三大栄養素です。どんな栄養素が三大栄養素に含まれているか分かるかな?」

質問されると、真っ先に天音くんが挙手した。

「はーい、分かります」
「転校生の藤室くんね。それじゃあ答えて」
「炭水化物、脂質、タンパク質です!」
「藤室くん、正解!」

堂々と答える天音くんに、クラスのみんなも「おおー」と感心する。天音くんは少し照れながら、補足をした。

「ちなみに、炭水化物は糖質と食物繊維に分かれます」
「藤室くん、詳しいですね!」
「えへへ、栄養のことなら任せてください!」

天音くんは得意げにトンと胸を叩いた。さすがは食育男子、頼もしい。その後も詩織先生は、説明を続けた。

「糖質は、脳や筋肉を動かすために欠かせない栄養素です。勉強するにも、スポーツをするにも、糖質がエネルギー源となります。ですが、糖質をとりすぎると肥満の原因になるので、食べすぎには注意しましょうね」

真剣に聞いていると、ちょんちょんと背中を突かれる。振り返ると、天音くんが机から身を乗り出してこそっと耳打ちをした。

「育ちゃんには僕が欠かせないってことが分かったでしょ? 育ちゃんのためにもずっと傍にいるからね」

身体を動かすために糖質が必要なことは分かったけど……なんだろう? 天音くんの笑顔がちょっと黒いような……。

「天音くん、授業中にお喋りしちゃダメだよ」

注意をすると、「はーい」とつまらなそうな返事が飛んできた。