キーンコーンカーンコーンーー
朝のチャイムが鳴り響くと、クラスメイトたちは急いで席に戻っていく。花梨ちゃんとお喋りしていた私も、窓際の後ろから二番目の席についた。

担任の先生が来るまでの間、頬杖をつきながら昨日の出来事を思い出していた。
お向かいのレストランのウェイターさんが、栄養素が擬人化した食育男子だったなんて、夢だったんじゃないかと疑うような出来事だ。
だけど、わいわいお喋りしながら食事をしていたことを思い出すと、自然と笑顔が零れる。昨日は楽しかったなぁ。今日もみんなとご飯を食べたいな。
そんなことを考えていた時、前方のドアが開いて担任の大林(おおばやし)先生がやって来た。

「みんなおはよう。今日は転校生を紹介するぞ」

赤いジャージを着た大林先生が、覇気のある声でみんなにしらせる。すると教室内にざわめきが起こった。

「転校生? ずいぶん急だね」
「男の子かな? 女の子かな?」
「楽しみ~」

みんな転校生に興味津々だ。そわそわしながら待っていると、大林先生が廊下に声をかけた。

「入ってこい、藤室」

ん? 藤室? 聞き覚えのあるような……。

「はーい!」

明るい声が聞こえた直後、教室に銀髪の男の子が入ってきた。星を宿したようなキラキラした瞳、中性的な可愛らしい顔立ち、細身でやや小柄な体型。間違いない、天音くんだ。

天音くんが着ているのは、白のブレザーにチェックのズボン。緑ヶ丘学園の制服だ。
どうして天音くんが学校に? 混乱している間にも自己紹介が進んでいく。

「今日から二年A組の仲間になる藤室天音だ。みんな、仲良くするんだぞ」

大林先生が紹介をすると、天音くんがにこっと天使の微笑みを浮かべる。

「よろしくお願いしまーす」

その笑顔を目の当たりにした瞬間、女の子たちの目がハートになった。一部の男の子まで目をハートにしているよ。

天音くん、一瞬でクラスメイトを虜にしちゃった。凄いなぁと感心していると、パチンと目が合った。

「育ちゃーん、同じクラスになれて良かったね!」

あ、天音くん! そんな大声で叫んだら、みんなから注目されちゃうよ! アワアワしていると、クラスメイトが一斉に振り返った。

「来栖さんと転校生って知り合い?」
「どういう関係?」

内緒話をするトーンで、私と天音くんの関係を探っている。みんなから注目された私は、顔から火が出そうになった。すると、私に代わって天音くんが説明する。

「僕、育ちゃんちのお向かいに引っ越してきたんだ。要するに、ご近所さん。昨日も一緒にご飯食べたんだよ。楽しかったよね~」

無邪気に微笑みながら関係を明かす。本当のことだけど、そんなに堂々と喋っちゃっていいのかな?
私たちがご近所さんだと判明すると、クラスメイトは納得したように頷いた。

「なんだ、ご近所さんか」
「いいなぁ。あんなに格好良い男子とご近所さんなんて」

羨望の眼差しを受けていると、大林先生が手を叩いてお喋りを中断させる。

「はいはい、静かに。藤室の席だけど、来栖の後ろでいいか? 知り合いならちょうどいいだろう」

そういえば、私の後ろの席は空いていたんだった。席までもご近所さんだと分かると、天音くんはパアアと嬉しそうに微笑んだ。

「やったぁ! 育ちゃんの後ろだ! 授業中ずっと育ちゃんを見ていられるね!」

それは、やめてほしいかなぁ……。ちゃんと黒板を見ようね。
苦笑いを浮かべていると、天音くんはスキップしながら近付いてくる。隣までやってくると、立ち止まって腰をかがめた。

「あのことは、学校では内緒だよ」

天音くんに耳元で囁かれる。顔を上げると、パチンとウインクをされた。
あのことって、食育男子のことだよね。口止めされるまでもなく、みんなには内緒にしているつもりだよ。

「うん。わかってるよ」

小さな声を伝えると、天音くんはにこっと微笑んだ。それから後ろの席に着く。

転校生の紹介が終わったところで、大林先生が出欠確認を始める。前を向いていると、ちょんちょんと背中を突かれた。振り返ると、天音くんが飴玉を差し出している。

「育ちゃん、あげる~」
「……天音くん、ダメだよ。ホームルーム中にお菓子を出しちゃ」

声を潜めながら注意をすると、天音くんは「そうなの?」と目を丸くしていた。
栄養素が擬人化した男の子だから、学校のルールも知らないのかもしれない。そうだとしたら、私が色々教えてあげないと。

……あれ? もしかして私、結構大変なことを背負っちゃった?