非現実的な出来事を目の当たりにしてクラクラしていると、天音くんが「そういえば!」と声を上げた。

「まだみんなの紹介をしていなかったね」

言われてみれば、天音くん以外の食育男子の名前は知らない。五人に注目していると、天音くんが元気よく手を挙げた。

「まずは僕からね~。僕は糖質が擬人化した藤室(とうしつ)天音(あまね)炭水化物(たんすいかぶつ)の一種なんだ。白米とかパンとか甘いお菓子に含まれてるの」

天音くんは、にぱーっと愛らしく微笑む。そっか。糖質だから白米を勧めていたのか。納得していると、赤髪の体育会系男子がビシッと手を挙げる。

「俺は丹柏(たんぱく)亜実望(あみの)。タンパク質が擬人化した食育男子だ。肉や魚、卵、大豆などに含まれている。俺とも仲良くしてくれよな!」

太陽のような笑顔を向けられる。元気いっぱいの赤髪の男の子は、亜実望くんっていうのか。続いて金髪のヤンキー男子が気だるげに口を開く。

獅子津(ししつ)(ゆう)脂質(ししつ)が擬人化した食育男子だ。よろしく頼む」

脂質って油のことかな? 身体に悪そうな気がするけど大丈夫? 見た目もちょっと怖いし、警戒しちゃうな……。
表情を強張らせていると、ハーフアップのお兄さんが場を和ませるように微笑んだ。

「俺は美多見(びたみ)椎南(しいな)。ビタミンCって聞いたことあるだろ? あれが擬人化したものだ」

ビタミンCは聞いたことがある! レモンに含まれている栄養素だよね。
こくこくと頷いていると、黒髪の男の子が折り目正しくお辞儀をした。

加留(かる)紫生(しう)と申します。その名の通り、カルシウムが擬人化した食育男子です。以後お見知りおきを」

他の四人と比べてやけにカッチリしている。カルシウムって骨を作る栄養素だっけ。だからかな?
みんなの自己紹介が終わったところで、改めて名前を確認する。

「えっと、糖質の天音くんと、タンパク質の亜実望くん、脂質の遊くん、それからビタミンCの椎南さんと、カルシウムの紫生さんで合っていますか?」
「そうそう! 育ちゃんは物覚えが早いね」

天音くんが、パチパチと拍手をする。とりあえず、五人の名前は覚えられた。
ほっとしたのも束の間、椎南さんに衝撃的な事実を告げられた。

「俺らの他にも食育男子はまだまだいるけどな。とくにビタミン兄弟は大勢いるから、弟たちのこともちょっとずつ覚えてやってくれよな」
「え!? まだいるんですか?」

お、覚えられるかな? 不安になっていると、紫生さんが追い打ちをかけるように言った。

「ミネラル兄弟も大勢いるので、後日紹介しますね」
「ひぃ……!」

覚えられる自信がない。さっそく挫折しかけていると、天音くんが安心させるように微笑んだ。

「とりあえずは、僕ら五人のことを覚えてくれればいいから。育ちゃんに好きになってもらえるように、たくさんアピールするよ」

好きになってもらえるようにって、ずいぶん大胆なことを言うんだなぁ。聞いているこっちが恥ずかしくなっちゃうよ。言葉を詰まらせていると、遊くんが頭をかきながら気だるげに言った。

「堅苦しい挨拶は終わりだ。そんなことより飯食おうぜ。早く食わねえと冷めちまうぞ」

その言葉で、まだ夕食の途中だったことを思い出す。せっかく作ってもらった料理が冷めてしまったらもったいない。

「それじゃあ、いただきます」
「おう、食え食え」

箸を手に取ると、みんなからの視線が集まる。言葉には出していないが、みんな自分を食べてほしそうにしている。

「あの、そんなにじろじろ見られると食べにくいんですが……」

遠慮がちに申し出ると、みんながハッと我に返る。

「悪いな。なんか気になっちまって」
「失礼いたしました」

椎南さんと紫生さんが申し訳なさそうに謝る。とりあえずは、これ以上注目されることはなさそうだ。
みんなが視線を背けてくれたのはいいんだけど、広いテーブルでひとりぼっちで食べるのはちょっと味気ない。みんなが側にいてくれるから寂しくはないんだけど……。
ワガママかもしれないと思いつつも、思い切ってお願いしてみる。

「あの、ひとつお願いしてもいいですか?」
「んー? なに育ちゃん?」

天音くんが首を傾げながら尋ねてくる。緊張しながらも、お願いを口にした。

「ご飯、みんなで食べませんか?」

五人の顔を順番に見つめながら訴える。昔、お父さんとお母さんとご飯を食べていた頃のように、みんなで和気あいあいと食事がしたかった。
みんなのリアクションを伺う。最初に反応してくれたのは、やっぱり天音くんだった。

「そうだよね! みんなでご飯を食べた方が美味しいもんね。育ちゃんの言う通りだ!」

良かった。受け入れてもらえた。ホッとしていると、亜実望くんと遊くんも頷いた。

「だな! ひとりより、みんな一緒の方が良いに決まってる」
「ああ、なんで気付かなかったんだろうな」

二人も賛成してくれているようだ。すると椎南さんと紫生さんがキッチンに向かった。

「待ってろ。みんなの分も用意するから」
「しばらくお待ちください」

食育男子は、いそいそとキッチンから料理を運び出す。全員分揃うと、みんなで両手を合わせた。

「「「「「「いただきます」」」」」」

言い終わった直後、天音くんと亜実望くんががっつきながら食べ始めた。二人とも、そんなにお腹空いてたんだ。
競い合うように食べる二人を眺めながら、私も箸を手に取る。トマトソースでじっくり煮込まれた鶏もも肉をぱくっと一口食べた。柔らかい鶏肉とトマトソースが口の中で広がっていく。

「すっごく美味しいです!」

目を輝かせながら感想を伝えると、五人は顔を見合わせながらニッと笑った。

「よしっ、どんどん食え! 肉のおかわりもあるぞ!」
「サラダもちゃんと食べるんだぞ。たまねぎとレタスにはビタミンCが含まれているからな」
「デザートのヨーグルトムースもお忘れなく。カルシウムを摂取できますよ」

亜実望くん、椎南さん、紫生さんが勧めてくる。みんな自分を食べてもらいたくて必死なんだなぁ。その姿を見ていると、なんだかおかしくなってくる。

「はいっ!」

笑顔を浮かべながら、私は大きく頷いた。
こんなに楽しい食事は久しぶりだ。ひとりぼっちで食べるよりも、ずっとずーっと美味しいっ!