猫は、その恋に奇跡を全振りしたい

「俺は麻人の半身だから、おまえらがずっと、同じ夢を見ていることは知っていた。それが猫神様からの奇跡の恩返しだということもな。だから、俺が――安東の魂が宿っている俺が、安東として生きることを選択するかもしれないって思っていた」

今井くんから次々と語られる事実。
次第に、そこはかとない不安が込み上げてくる。

「……俺は怖かったんだ。ここにいる俺は、麻人の魂を維持している半身。今井麻人の生霊のような存在だ。もし、あいつが安東として生きることを選んだら、半身である俺自身もきっと……あいつに取り込まれてしまう。ロスタイムが終わるまでは、元に戻れない……」

今井くんが言い聞かせるように絞り出した言葉は、じわりじわりと心に浸透した。

「だから、何としてでも安東の未練を晴らそうと思った。そうすれば、俺はクロム憑きの現象から解放されて、元に戻ることができるからな」

報われない願いだからこそ、想いを募らせてしまう。
そう語りかけるように、今井くんは祈るような思いでつぶやいた。

「でも、正直、もう、どうしたらいいのか、分からなくなってきている。あんなに、元に戻りたかったのに……。おまえたちの邪魔をしてきたこと、後悔しているんだ……」

今井くんの言葉の真意が見えず、ぐるぐると考え込んでいると。
彼の口から思わぬ一言が飛び出してきた。

「安東って……桐谷のこと、本当に大切だったんだな」
「えっ……?」
「未練を晴らさず、ロスタイムを長引かせて、桐谷のそばにいることを選んだんだからな」

そこに悲しみは何もない。
今井くんなりのケジメが込められた。

「……克也……いや、麻人、ごめん。それでも、俺は冬華のそばにいたいんだ」

手を伸ばした渚くんの瞳には、決意が滲んでいた。
だけど、今井くんはそれを払うように声を上げる。

「くそー! 俺のことなんて、構っている場合じゃないだろ!」

呆れた。
今井くんはそう言いたげに肩をすくめた。

「俺はいつも、おまえらの邪魔ばかりしてきたし、ひどいこと、たくさんしてきた。正直、安東のクロム憑きになんかにならなかったらよかったのにって、ずっと……そんなことばかり考えていたんだからな」

今井くんはぐっと、今にも零れんばかりの涙を滲ませる。

「安東のこと、気にくわないけど、嫌いなわけじゃない。桐谷がおまえのこと、必要としているなら、俺はそれでいい」
「……麻人」

今井くんは渚くんを見て、もの悲しそうにつぶやいた。

「俺の命、おまえに一時だけ預けてやる」
「一時だけ?」

戸惑うわたしを見る、今井くんの瞳にはただ、哀れみだけが宿っていた。