猫は、その恋に奇跡を全振りしたい

「俺の名前は鹿下克也じゃない。本当の名前は、今井麻人。おまえの隣にいる麻人の半身。麻人の魂を維持している半身だ」
(半身……?)

初めて知る鹿下くんの――今井くんの真実。
胸がつかえて何も言えない。

「半身っていうのは……そうだな。クロム憑きになったことで、俺の身体が二つに分かれたって思ってくれたらいい。おまえの隣にいるのが、安東の魂が宿っている俺の半身。そして、俺は俺自身の魂が宿った半身だ」

つまるところ、クロム憑きの現象によって、今井くんの身体が二つに分かれたということだ。
わたしの隣にいるのは、渚くんの魂が宿った今井くん。
そして、目の前にいるのが、今井くんの魂が宿った今井くん自身ということになるみたい。
渚くんの魂が宿ったとはいえ、今井くんの半身であることは変わらない。

『あなたはだれですか?』

渚くんが転校してくる前に見た夢。
その中で感じた違和感の正体は、『彼』が渚くんの魂が宿った今井くんの半身だったからだ。

『俺が誰なのかは、明日になれば分かるよ』

そう答えてくれた渚くんの、きらきら輝く笑顔を思い出す。
明るい色をした瞳を思い出す。
何度も夢の中で一緒に歩いた。
何度も何度も、夢の中でたくさん話をした。
思い浮かぶのは、大好きな彼のことばかり。

『……俺は、本物の安東渚じゃないよ。ロスタイムを継続させても、本物には会えないのにどうして?』

夢の中で出会った、淡く微笑む彼を思い描けば描くほど、切なく苦しくなる。
わたしにとって、今も昔もぜんぶ、ひっくるめて、本物の渚くんだから。

『渚くんは偽物って言うけど、今、ここにいる渚くんも、わたしにとっては本物だよ』

確かな想いを添える。
ふわりと熱の宿る胸を思わず、手のひらで撫でて思い出した。

『冬華。俺のすべては、冬華だったと思う』
(わたしのすべても……渚くんだったよ)

ずっと心に引っ掛かっていた、足りない『何か』。
わたしは……わたしのすべてを認めてくれる渚くんを、必要としていたのかもしれない。
わたしは改めて、今井くんと向き合う。

心の奥に、まぶしい記憶は残したまま――。