頬をなでるような、さわやかな風に、わたしはゆっくりと目を開けてみる。
視界いっぱいに広がったのは、透き通るほどの青い空。

「これは夢魂の力。もしかして、ここは夢の世界……?」

口にして気づく。
今、わたしたちがいる場所は、小学校の遠足で行った大きな公園だ。
バスに乗って行った遠い場所。
簡単に行ける場所じゃない。
確かに、ここは夢の中の世界なんだろう。
すとんと納得した後、わたしは目の前にいる男の子を見る。

「わたし、渚くんに伝えたいことがあるの」

思い出の場所。
それはわたしと渚くんをつなぐ、『夢魂の力』を象徴する奇跡。
誰にも聞こえない場所で、二人だけの秘密の話をする。
そう思うと、渚くんとの思い出がいくつもいくつも、胸の奥から湧きあがってきた。
正直、伝えるのは怖いけど、知ってほしい。
わたしの好きな人は、渚くんなんだって。
ずっとそうなんだって、知ってほしい。

(ふたりっきり。空しか、わたしたちを見ていない)

わたしは渚くんの手の上に、優しく自らの手を重ねた。
少しだけ緊張して、少しだけ心地よくて。
うまく言葉にできない気持ちを持て余していたけど。

「……わたし、渚くんが好きだよ」

ようやくわたしの唇から、こんな言葉がこぼれた。
ずっと言いたくて言えなかった想い。

「渚くんは、幼稚園の時からすごく優しくて、ずっと特別だった人……。初めて会った時から、ずっと変わっていないよ」

その告白は、空が果ててもなお、鳴り響く。
始まりを告げる鐘のように。

「わたしの世界はぜんぶ、渚くんだったよ」

願うように、祈るように、わたしは告げた。

記憶をたどり出すと、立ち戻ってしまう光景がある。

初めて世界にふたりきりだった日。
渚くんは、うつむくわたしの手を握りしめてくれた。
あの日、感じた熱は、今でもわたしの中を巡っている。
渚くんは、わたしが生まれて初めて、好きになった男の子だった。

「渚くんがロスタイムを終わらせたくないように、わたしも、このロスタイムを終わらせたくないの」

渚くんの息づかいが分かる。
体温を感じられる。
そういう何気ない仕草のひとつひとつに、心臓が痛いくらいに驚いて騒がしい。

「……俺は、本物の安東渚じゃないよ。ロスタイムを継続させても、本物には会えないのにどうして?」
「渚くんは偽物って言うけど、今、ここにいる渚くんも、わたしにとっては本物だよ」

そう答えた声が、空に吸い込まれていくように感じた。