「あ、それって……」
「うん。井上先輩から、猫のおもちゃを借りてきたんだ」

わたしは得意げに、鈴がついた猫じゃらしをゆらゆらと揺らす。
猫巡り部では、様々な猫のおもちゃとおやつを管理している。

「にゃー、にゃー」

猫じゃらしを揺らしていると、校舎裏に潜んでいた愛くるしい子猫たちが近づいてきた。
その瞬間、わたしの脳裏に思い浮かんだのはぬいぐるみのような猫。
その愛らしい仕草は、今も胸の中を占拠している。

「久しぶりに、渚くんの家のベルちゃんに会いたいな」
「ベルに?」

不意の言葉に、渚くんは目を瞬いた。
渚くんのクロム憑きになった今井くんは今、渚くんの家で居候している。
ベルちゃんは、渚くんの家で飼っている愛猫。
めちゃくちゃかわいいんだ。

「なら今度、家に来る?」
「うん。行きたい!」

渚くんの言葉に、わたしはぱあっと顔を輝かせる。
魅力的な誘いだった。
一気にワクワクしてくる。
久しぶりの渚くんの家、すごく楽しみだ。

「じゃあ、その日は冬華がしたいこと、全部しよ」
「ほんと!」

身体の芯から自然と笑みが込みあげてくる。

「何でもいいよ。冬華のやりたいこと」
「渚くん、ありがとう」

わたしが今、渚くんに向けている熱の正体は、すぐに分かった。
春の陽気をはらむように、恋の風はわたしの心を吹き抜ける。

(まだ、実感湧かないけど、渚くんがいるの、現実……なんだよね)

また、渚くんに笑ってほしかった。
ずっと、渚くんだけが特別だった。
でも、どんなに手を伸ばしても、もう届かないと思ってた。
だから、今の状況がまるで奇跡のようで、とても不思議な感じがする。
だけど、わたしたちの今の関係って、どんな名前がつくんだろう。
できれば、幼なじみ以上になれていたら嬉しい。
その有り様は、それこそ、これから知っていくことになるのだろう。

(この世界には、小さな奇跡がいくつもある。いつか、それが遠く離れた大切な人に繋がって、そして――幸せの花が咲くのかもしれない)

たとえ、悩んだり苦しんだりすることがあっても、終わりと始まりを繰り返し、新しい何かを探していくのだろう。

できれば、これからもずっと、渚くんの一番近くで――。