ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜



 あっという間に一週間が過ぎた。
 空港内のホテルの一室。
 愁さんに案内された部屋は、普通の部屋より少し広めの、デラックスルームだった。
 静まり返った空間に、二人きり。

 その時、突然のノックの音に、私はビクッと肩を揺らした。
 
 動揺する私をよそに、愁さんは落ち着いた様子でドアへ向かう。
 扉が開くと、スタッフらしき人物が何かを手渡した。
 ルームサービスでも頼んでいたのだろうか?

 愁さんは受け取ったものを、テーブルの上へ置いた。
 
「これは……」
 
 そこにあったのは、スイーツコンテストの時のケーキだった。

「ホテルのパティシエに、レシピと材料を渡して作ってもらったんだ。本当は自分で作りたかったんだけど……。さすがに今回は時間がなかった」
 
 たしか、Aのケーキと呼んでいたので名前は知らない。

「これは、タルト・アントルメ。でも、コンテストの時と少し違う。食べてみて」

 愁さんの言葉に促され、私は椅子に座り直し、目の前に置かれたケーキを一口食べる。
 私の隣に、愁さんも座った。
 
「あっ……クリームが、オレンジ風味ですね! 隠し味のローズマリーとも良く合って、爽やかです!」

 口に入れた瞬間、さっぱりとしたオレンジの香りが広がり、ローズマリーのほんのりとした香りがあとから追いかけてきた。思わず目を閉じると、その味わいが心地よく広がっていく。
 
「そう。僕と天音さんの出会いのケーキと、一緒に考えたケーキを合わせてみた」

 愁さんの言葉に、私は少し驚いて顔を上げた。彼の目が優しく私を見つめている。
 
「愁さん……。こんな特別な時間を、ありがとうございます」

 特別な部屋、特別なケーキ。
 これだけで、愁さんが日本に帰ってくる再来年の春まで一年と少し、頑張れる気がする。

「あと少しで……お別れなんですね……」
「うん。……本当は、もっと一緒にいたかった」
「……私もです」

 声が震えるのがわかった。
 いざ別れを意識すると、やっぱり寂しい。

 そんなことを思っていたら、不意に頬を包まれた。

「天音さん」

 ゆっくりと顔を近づけてくる愁さん。
 すぐ目の前にある、彼の温かい瞳。

 ──キスされる。

 私はそっと目を閉じて、身を任せる。
 愁さんの温かな息が私の頬をかすめ、少しだけ息が止まった。
 そして、彼は私の唇の少し端の方を、啄むように口付ける。
 それが妙にくすぐったくて身をよじると、ぎゅっと抱きしめられた。

「……移動、しようか」

 その言葉に、こくりと頷く。