ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 躊躇いがちに、愁さんが言った。
 心臓の音がうるさいくらいに鳴って、声が出なかった私は、小さく「はい」と頷く。
 
 愁さんの温かい手がゆっくりと私の頬に触れる。
 そして、彼の唇が私の唇に触れると、今まで感じたことのないような感覚が広がった。
 初めてじゃないのに、こんなにもドキドキするなんて。

 愁さんの温もりが、少しずつ私の不安を溶かしていく。
 彼の唇が、今度は少しだけ強く私に触れる。その温かさが身体中に広がるようで、私の心臓がさらに速く鼓動し始める。
いつもより深く、そして優しく。愁さんの手が私の背中に回り、引き寄せられるように体が彼に近づく。

 息が少し荒くなる。でも、それが心地よくて。
 彼の舌が私の唇を優しくなぞり、私も思わずその動きに応じてしまう。
 最初はゆっくりとしたキスだったけれど、次第に互いの欲望が重なり、キスの深さが増していく。
 唇が離れると、愁さんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。
 こんなふうに、ただ一緒にいられるだけで幸せだと思った。

 だけど──。

 愁さんが、急に真剣な顔になった。
 車内の雰囲気がふっと変わる。

「……天音さん」

 名前を呼ぶ声が、いつもより少し硬い気がする。

「はい?」

 なんだろう。
 さっきまであんなに穏やかだったのに。
 愁さんがこんな表情をするなんて。

(まさか……。でも、もしかして、別れ話とかじゃないよね!?)

 急に心臓がドクンと跳ねる。
 不安が全身を駆け巡る。
 付き合って初めてのクリスマスなのに、こんな場所でそんな話をされるなんて──。
 しかし、愁さんの言葉は意外なものだった。
 
「僕は……フランスへ行ってくる」
 
「え……?」

 指先まで、じんと痺れるように震えてしまうのは、きっと寒さだけのせいじゃない。
 甘く溶けるはずだった特別な夜が、ふいに遠くへ引き離されるような気がした。