ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 そう言った瞬間、愁さんの瞳がわずかに揺れた気がした。
 なぜだろう。なにか、おかしなことを言ってしまっただろうか?

 私は慌てて歩き出し、並んで信号待ちをする。
 対向車線の信号が赤になり、ほんの一瞬、時間が止まったような静けさ。
 そのとき、隣から低く響く声がした。

「……さっきの言葉、反則だよ」
「えっ?」

 愁さんを見上げた瞬間──ふわりと唇が触れた。

 軽くて、一瞬で終わるキス。
 だけど、心臓が飛び跳ねるような衝撃が走る。

「……っ!」

 青になった瞬間、愁さんは何もなかったかのように歩き出す。

「ちょ、ちょっと……!」

 顔の熱が一気に上がる。
 愁さんは、ただ軽く微笑んで言った。

「早く行こう。信号、変わっちゃうよ?」

 余裕のあるその言葉が、余計に私の心を掻き乱していく。
 ケーキの余韻が、キスの余韻に上書きされて──。
 このドキドキが収まるのは、もう少し先になりそうだった。