ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

「お嬢さんがどこで隠し味の情報を手に入れたのかはわからんが……。いや、まさかお嬢さんを騙してしまうとは。これも、天音さんの入れ知恵かな?」
「い、いえ……!」
 
 違う、と言おうとした時、愁さんがスッと間に入ってくれた。

「彼女は関係ないよ。僕が勝手にやったことだ」

「本当に、娘──律花が申し訳ない。しかし、シャテーニュの出店は諦められない! なんとかなりませんでしょうか?」

 風間社長の言葉を聞いた愁さんは、目を丸くする。

「……父さん。百貨店への出店は、父さんが言い出したことではないの?」
「ああ、うん、それはだな……」
 
 謹二さんは、歯切れの悪い返事をする。
 実は百貨店への出店を頼んできたのは風間社長だった。出店してくれれば娘との結婚もやぶさかではないと。謹二さんは最初断った。しかし向こうがどうしてもと言ってくるので、このような形になったらしい。

「おまえは昔から、私の決めたことには逆らうだろう? だから、もし私が出店を推せば、おまえは絶対に反発して断ると思ったんだ」
「……だからって、そんなやり方……」

 愁は少し息を詰まらせる。

「父さんは……何がしたかったんだ?」
「おまえが本気で守りたいと思うなら、何を言われても揺らがないかどうか、確かめたかった」

 謹二さんは静かに言い、目を伏せる。

「それに、私が先に断ったところで、風間社長が諦めるとは思えなかった。おまえ自身の言葉で完全に断らなければ、また別の手を打ってくるだろうと思ってな」
「父さん……。何もそんなまどろっこしいことをしなくても、僕は断るために本気を出していたよ」
 愁さんがそう言い切ると、謹二さんはふっと小さく息をついた。
 風間社長は、肩を落としながら苦笑する。

「いやはや、まったく……。親子というのは、どうしてこうも難しいものかね」
「はっはっはっ、お互い様ですな」
「……返す言葉もない」

 二人のやりとりを聞きながら、愁さんは静かにその様子を見ていた。
 私はその横顔を見つめる。

「……父さんのこと、昔は本当に嫌いだった」

 ぽつりとこぼれたその言葉は、消え入りそうなほど静かだった。
 私は黙って耳を傾ける。

「でも、こうして話してみると、まあ……少しくらいは、わかり合えるかもしれないな」

 そう言うと、愁さんは小さく笑った。

 二人は、愁さんのお母様を亡くしてから確執があったと、以前聞いた。
 長年の溝がすぐに埋まるわけではない。
 でも、今日のやりとりが、ほんのわずかでもその距離を縮めるきっかけになったのなら──。
 私は、こっそりと愁さんの手を取って微笑みかけた。