ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 夜になり、約束の時間ぴったりに愁さんが指定したカフェに到着した。
 商店街のメイン通りから一本入ったところにある、こじんまりとしたお店。
 内装もレトロな感じでオシャレだ。
 愁さんは、一番奥のテーブル席に座っていた。仕事着であるコックコートから一変、シックな私服姿が新鮮だ。
 他のお客さんはまばらで、後はカウンター内に若いマスターらしき人が一人。
 このマスターが、愁さんの知り合いだろうか。

「遅くなってすみません」
「こちらこそ、こんな時間に呼び出してしまって」

 外は蒸し暑く、アイスコーヒーを注文しようかと思ったけれど、店内は冷えるほどだったので、オリジナルブレンドのホットを頼んだ。
 それに、よく見ると本格的なコーヒーのお店だ。こういった喫茶店では、まずホットで香りを楽しみたい。愁さんも同じものを注文した。

 愁さんはコーヒーを一口飲むと、早速説明してくれた。
 
「実は、百貨店の社長令嬢とお見合いをさせられそうになってね。『付き合っている人がいるから無理だ』って、父に咄嗟に嘘をついてしまったんだ」
 
 ……ということは、愁さんは今、特別な関係の人はいないということだ。

「ところが、うちからその百貨店への出店の話が出ていて……。つまり、ビジネスも絡んでいるということなんだ。僕は、そういったものに興味がなくてね。今のお店だけで充分やっていけるのに、父は出店に乗り気だ。相手の令嬢も、僕との婚約には不服がないらしい」

 私から見ても、愁さんはとても素敵な人だ。
 社長令嬢に見初められるのも、当然のことだろう。
 
「もし断るなら、味で納得させろという課題が出たんだ。社長令嬢の風間さんを味で納得させれば、この話は無かったことにと言ってくれている。だから、課題をクリアするために、君に協力をしてほしいんだ」
 
 味で納得、かぁ……。
 つまり、おいしければ諦めてくれる、ということなのだろう。
 でも、どうにも腑に落ちない部分がある。