ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

「あの、私はライバル店の人間ですよ!? 相手を間違えていませんか!?」

『付き合って』って……男女のお付き合いのことだよね?
 私が慌てて手を振ると、通りの方から女性の声が聞こえてきた。

「今、栗本さんの声しなかった?」
「えっ? ほんと?」

 それを聞いた愁さんは、シーっと唇の前に人差し指を立てて、こちらに顔を近づけてきた。
 ち、近すぎます……!
 
「わかってる。ファリーヌの娘さんだよね? でも僕には、君が必要なんだ」

 囁くような小声で言われ、私はパニックになりそうだった。
 こんな素敵な人にそんなこと言われたら、誰だってクラっと来てしまうに違いない。
 愁さんの顔が近いままじっとしていると、表の通りで女性の足音がコツコツと聞こえる。
 死角になっているので、向こうからこちらは見えないようだ。しばらく辺りをうろうろするような足音が聞こえていたが、諦めたのか、やがて足音が遠くなっていった。
 ようやく愁さんが離れてくれて、ふぅ、と一つ息を吐く。

「……私が必要って、どういうことですか?」
「そうだな、説明しなければならないね。閉店後に、また会えないかな?」

 愁さんはスマホを取り出し、何かを検索して画面を差し出した。

「夜遅くなって申し訳ないけど……。九時にこのカフェで。知り合いがやってる店なんだ」

 そう言われて、連絡先を交換すると愁さんは「じゃあ、待ってるよ」と言って仕事に戻って行った。
 言われるがままにしてしまったけど、本当にいいのだろうか?
 でも、お父さんには絶対相談できない……。
 それとなく、お母さんにだけ伝えて出かけることにした。