ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 父が腰を悪くし、僕が店を引き継ぐことになった。そして、コンテストも。
 これはチャンスじゃないのか。
 彼女に僕のケーキを食べてもらえるチャンスだ。
 コンテストでは、いつも父と彼女の父親が決勝で対決していた。
 僕が勝つには、彼女の父親のケーキを超えなければならない。

 勝ちたい、認められたい。
 以前の僕は、そんな気持ちばかりが渦巻いていた。
 だけど今は違う。
 彼女のあのおいしそうに食べる笑顔を見たい。
 それが僕のケーキだったなら、尚更いい。

 コンテスト会場で見た彼女は、もう、あの頃の子どもではなかった。
 ついに僕のケーキを食べてもらえる。
 そんな思いで胸がいっぱいだった。
 僕は、このケーキにローズマリーの隠し味を加えた。
 ローズマリーの花言葉はいろいろあるが、「変わらぬ愛」「私を思って」という意味がある。
 この思いをケーキに隠すように、ほんの少しだけ織り交ぜた。

 コンテストの結果発表の後、点数を書いた紙を見せてもらった。
 一人だけ、満点をつけていて、その下に「ローズマリーの風味がアクセントになって素晴らしかった」と書かれていた。
 スタッフの一人を呼び止め、これを書いた人物を訊ねる。

「この、満点をつけた人は誰ですか!?」
「ああ、それね。もう終わったからいいかな……。天音ちゃんだよ。ほら、ファリーヌの娘さんの」

 それを聞いて、僕は浅ましくも彼女との出会いに運命を感じてしまった。
 彼女の姿を探したが、ファリーヌのブースはすでに後片付けが終わっていて、帰ってしまったようだ。