ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

「私には、これでいいのかがわかりません。愁さんの作るケーキは、どれもおいしいです。私は隠し味もわかります。でも……」

 私は胸の奥の違和感を、言葉にしようとする。
 
「他の人がわからないように、という匙加減が、わからないんです。だって、私にはわかってしまうから」

 私の舌は、普通の人よりも敏感だ。
 隠し味をどんなに絶妙に仕込んでも、私は気づいてしまう。
 でも、それを基準にして隠し味を抑えてしまうと、ケーキの本来の意図が変わってしまう。
 
「愁さん、もし風間さんが隠し味を当ててしまったら……。愁さんは婚約を受け入れてしまうんですか?」
 
 創ちゃんに言われた言葉を思い出す。もしかしたら、こんな課題なんて関係なく婚約発表してしまうかもしれない。だったら、私はなんのために愁さんに協力してきたんだろう?

「それなら、私は……!」
 
 隠し味を、入れたことにすればいい──なんて卑怯なことを、考えてしまった。
 気づけば私は目に涙を浮かべ、唇を噛んでいた。
 その先は、きっと言ってはいけない。言ってしまいたい衝動を必死に抑えていた。

 その時、愁さんが私の正面に立ち、静かに腕を伸ばした。
 私は驚く間もなく、彼の腕の中に引き寄せられた。

「……ごめん」

 低く、優しい声が耳元で響く。

「君にそんなことを言わせてしまうくらい、不安にさせてたんだね」

 ゆっくりと、髪を撫でられる。
 戸惑いながらも、私はその温もりを拒めなかった。

「卑怯者は、僕の方だ」

 愁さんの声が震える。

「君に断られるのが怖くて、『協力』だなんて持ちかけて。本当にごめん。最初から、ちゃんと言うべきだった」

 その手が、そっと私の頬に触れる。

「天音さん、君のことがずっと好きだった」