ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

 そして、レシピ開発の最終段階に入った厨房は、いつになく真剣な空気が漂っていた。
 目の前には、試作を重ねてきたケーキの最終形が並んでいた。
 見た目は完璧。口に運べば、すぐに愁さんの意図がわかる。
 甘さのバランス、酸味のコントロール、そして隠し味の効果──すべて計算し尽くされていた。

「……どう?」

 愁さんが隣で問いかける。

「おいしいです。でも……」

 私はフォークを置き、息をついた。

「やっぱり、わかってしまいます」

 隠し味は、チョコレートの風味になるようにココアパウダーを少量スポンジに含ませ、ビターな味わいになっている。

「これだと、風間さんにもわかってしまうかもしれません」

 愁さんは少し考え込むようにケーキを見つめた。

「じゃあ、もう少し抑えるべきかな」

 でも、それは本当に正解なのだろうか。
 愁さんの作るケーキは、食べる人を驚かせ、心を動かすためのもの。
 それなのに、分量を変えるということは、誤魔化すためのものになってしまう。
 それが、私には納得できなかった。
 ……いや、違う。そんなの言い訳で、この気持ちはもっと別のものだった。

「……わかりません」
「ん?」